現場で働く日本人職員:津高政志(フィールド要員)インタビュー

08/03/2016
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ICRCの同僚とアフガン赤新月の合同EcoSecチームとRED機の前で ©ICRC

 

―アフガニスタンの現状は?

2014年12月末で国際治安支援部隊が撤退しましたが、紛争が収まる気配はないばかりか、情勢は以前にも増して悪化しています。
大きな主体がいなくなったことで、アフガニスタン人同士が敵対するようになったんです。大きな役割を占めていた主体が抜け落ちたからと言って、紛争が収まるわけではありません。2011年、2013年あたりまで、国際部隊・アフガニスタン政府軍・民間人の犠牲者の増加が懸念されていましたが、2015年はそれに上乗せして状況が悪くなった。それは、ICRCだけでなく、地元の人やほかの国際機関も実感していること。アフガニスタンの人道危機が国際社会のなかで忘れ去られていくなか、国際社会やメディアにもっと情報発信をしていかなければという思いを私たちは新たにしています。一方で、アフガニスタンへの人道支援に回る資金や人員も減ってきていて、国連機関やNGOのなかには事務所を畳むところもあるので状況は深刻です。

 

ICRCは、アフガニスタンで何をしているの?

まず、政府軍と反政府勢力の両方と対話し、双方の地域で支援物資の配付を行っています。他の組織が反政府勢力の支配地域に行くことが困難となっている中、公平かつ中立な立場で活動し、紛争の交戦主体とアクセス確保の交渉ができるICRCだからこそ手が差し伸べられる地域もあります。戦闘の被害を受けた民間人を分け隔てなく支援するだけでなく、紛争当事者に対してもとらえた捕虜などの扱いを説き、使用する兵器・戦闘手段の制限など戦争のルールを尊重するよう伝えることを目指しています。

また、戦闘の被害者を保護するための支援も行っています。たとえば、地雷で足を失った人や、村が爆撃を受けた人から話を聞き、武器を携帯している人たちへ、何が許されて何が許されないかを厳しく伝えていきます。特に、誰が触っても起爆してしまうような爆弾については、兵士と民間人を無差別に攻撃する可能性が高いため、使用を禁止するよう呼びかけています。ICRCが出自や民族、政治思想などに関係なく中立な立場で支援を積み重ねているからこそ、紛争当事者も聞き入れる余地がありますが、行動を変化させるにはある程度の時間を要します。

 

ICRCでの苦労や、達成感を感じたときのことを教えてください。

国内避難民へ支援物資を配付していた時のこと。、8割方の世帯に配付を終え「あと一息」と考えていたところ、残りの2割分の物資が支援対象者でないグループに押収されてしまったときは、どうなることかと思いました。夜中まで粘り強く交渉して返してもらいましたが、ひとつの任務を100%達成することの困難さを思い知る出来事でした。国中どこに行っても支援ニーズがあります。支援すべき人が3万人、4万人と膨れ上がっていく時は、どうしたらいいんだろうと途方に暮れますが、焦らずにまずは支援できる地域から着手していきます。

成果を感じたのは、ある紛争当事者が攻撃する前に「事前の警告をする」という戦争のルールを守っていたと民間人から聞いた時です。粘り強く伝えてきたことが浸透してきた、と嬉しかったです。

 

 

―津高さんがICRC職員になった経緯は?

高校の時から、働くなら貧しい人のためにという思いがありました。その延長線上に人道支援があります。国際協力のなかでも、迅速な行動が求められてすぐに結果が出る最たる例が人道支援で、自分の肌に合っていると思います。国際的なNGOのOxfamやユネスコ協会連盟で働いた後、日本のNGOのパレスチナ事務所で2年間働きました。東日本大震災が起きて10日後に帰国し、津波後の緊急支援にも携わりました。

 

 

―数多くの人道支援組織のなかで、ICRCがユニークな点は?

ICRCは、どんなに危ない状況でも何かをできる、人道支援できる組織です。この業界のなかで一番の筋金入りだと思います。たとえば、物資配付の規模で言えば、一世帯325スイスフラン相当(約4万円弱)の食料や調理器具などの生活必需品が入った物資を、百単位、千単位の家族へ配付することがほぼ世界中どこでも可能です。また、各国赤十字・赤新月社と共同で、支援が必要な人たちのもとへ直接赴いて配付する、というのも特徴です。支援対象者を都市部に集めて配付する組織も多いのですが、ICRCは自分たち自身が遠隔地に赴くんです。この姿勢は一貫していて、職員としてまさに誇れることの一つです。

あと、ユニークと言えば、はやり国際法上、攻撃してはならないとされている赤十字の標章です。私たちが掲げる白地に赤い十字の標章は、ICRCがアフガニスタンで60年間積み重ねてきた信頼の証にもなっています。

 

 

―人道支援に携わる職員として現地で考えさせられたことは何かありますか?

地雷で足を失った子どもとその父親と面会した時に、義足やリハビリサービスの提供などICRCができる支援の話を唐突に話そうとしたところ、通訳をしていた職員からお悔やみの言葉をまず申し上げるようにたしなめられました。その時、仕事に忙殺されて、人として言うべき言葉を忘れてしまったことに、はっとしました。職務を遂行する前に、足を失った子どもを持つ父親を前にして、まずひとりの人間としてかけるべき言葉を持たないと、人道支援をやっているとは言えません。その親子を車で送るときも、子どもが痛みで泣いているにもかかわらず何もできないことが情けなく、自分も泣きたくなりました。一つ一つの案件で、丁寧に、紛争の被害者と向き合わなければならないことを実感しています。

 

 

―アフガニスタンの魅力は?

現地人スタッフは礼儀を重んじるので、日本人として親しみを感じます。それに、アフガニスタン人は、歴史的に物事をとらえることが多く、日本とは、他国に攻撃されたという被害者意識を共有していると考えている人が多いです。アフガニスタン人は武器を取って戦ったが、広島・長崎に原爆を落とされた後に日本人は戦いを続けなかった。戦わずに、経済を強くすることで日本は国際社会で勝利を収めた、と尊敬しているアフガニスタンの人は多いですよ。トヨタ車など日本製品も、壊れないからと重宝されています。

また、自然の景観が美しい。山々がひだ状に連なり、春や夏は緑が生い茂って、冬は雪化粧。紛争がなければ、もっといろいろな所に出かけられるのに、と残念です。今は数えるほどしか日本人がいませんが、いつか気軽にアフガニスタンを訪れる日本人が増えるといいな、と思います。

 

 

国際的に人道支援をしたいと思っている人へ一言。

人道支援とひとくくりにいっても、職員として経験することは本当に様々です。先入観を持たずにまずは現場と向き合ってほしい。フィリピンでは台風で被災した地域を支援しましたが、アフガニスタンでは紛争の被害と向き合っています。フィールド要員として、その時々のニーズに合わせて柔軟に動くことを求められるなか、自分の可能性を広げられる感覚を実感します。