現場で働く日本人職員:向山翼(フィールド要員)インタビュー

25/09/2018

脳性麻痺をもつ子どもと、その親たちへのサポートを行う教育プログラムでトレーニング方法を見せる向山さん © L. Ameen/ICRC

 

【プロフィール】

向山翼(むこうやま つばさ)

大学卒業後、理学療法士として日本の病院に約3年ほど勤務。その後、2015年から2017年まで青年海外協力隊としてスーダンに派遣される。2017年8月から、ICRCのデレゲート(フィールド要員)として、コーカサス地方のナゴルノ・カラバフにてリハビリテーション・プログラム(Physical Rehabilitation Program: PRP)に参加。現地の事情でプログラムが終了したことに伴い、2018年1月末からイラク中南部の都市ナジャフにて勤務。

 

―ICRCで働くようになったきっかけを教えてください。

日本の病院で理学療法士として数年間勤務した後、国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊として、スーダンの義肢装具センターに派遣されていました。その施設にICRCの支援が入っていたのが、ICRCとの出会いのきっかけです。スーダンでの滞在期間中にアラビア語を勉強していたこともあり、「日本人でアラビア語が話せる」というところが興味をひいたのでしょう。ICRCのリハビリテーション・プログラムの理学療法士から、「ICRCに興味はないか?」と誘われたんです。

 

―最初の派遣先は?

最初の派遣先は、コーカサス地方の、ナゴルノ・カラバフでした。2016年に4日間続いた紛争の被害者を支援するために、リハビリテーション・プログラムが立ち上げられました。しかし、支援を求めている人の多くは脳卒中や脊髄損傷、脳性麻痺の患者さんたちでした。情勢が落ち着いていたこともあり、紛争地での活動がメインとなるICRCにおいては、この地域に割り当てられる予算は多くありません。リハビリテーション事業は、その性格上、長期的な関わりが必要で、そのためにも予算がなければ継続できません。そうした状況から、派遣後の5カ月後にプロジェクトが終了し、2018年1月からはイラクで働いています。

 

―イラクではどんなことをしているのですか?

イラクのICRC代表部は首都バグダッドにありますが、それ以外にも国内各地にオフィスを複数持っていて、私が所属するナジャフ副代表部は、中南部の9つの州をカバーしています。そのうち、ナジャフ、ケルバラ、バスラ、ナッシリアの4カ所に政府が運営するリハビリテーションセンターがあり、私たちは義肢制作に必要な材料の提供から、技術移転、技術協力、そして運営に関するアドバイス提供といった支援を実施しています。基本的には1つのセンターに1か月ほど滞在し、次のセンターに移動。そこにまた1か月滞在するという形で支援をしています。

 

―どのような患者さんが多いのでしょうか?

イラクと聞くと、武器によって負傷した戦傷患者を想像される方が多いと思います。最近まで戦闘の最前線であったイラク北部のモスルなどはそうだと思いますが、南部にあるナジャフは、治安が比較的安定しています。1980年代のイラン・イラク戦争で負傷された方も診療していますが、今診ている患者の中で一番多いのは、糖尿病で足を切断しなければならなくなった人たちです。実は、糖尿病は、中東地域でも大きな問題となっています。その要因の一つとして考えられるのが、砂糖や小麦粉の摂取量の多さです。食文化でもあるのですが、お茶を飲む際、とても小さなコップの半分ぐらいが砂糖で占められます。また、小麦粉を使った食品も多く、結果として、糖質の過剰摂取により糖尿病になる確率が高まります。もちろん、糖尿病になることが、即、手足の切断に直結するわけではありません。

 

産油国でもあるイラクには、財政的に余裕のある世帯も、実は数多くあります。お金がある人たちは健康的な食事を心がけ、また、糖尿病になった時点で病院で治療を受けることができます。しかし、貧しい人たちは安いパンが主食になりがち。また、医療費や病院までの交通費をまかなうこともできません。日々の生活が苦しければ、健康に対する意識も決して高くありません。その結果、だんだん症状が進んでいきます。また、靴も大きな要素の一つです。たとえ足の血液循環が悪くなっていても傷さえできなければ、すぐには大事には至りません。しかし、現地ではサンダル履きの人が多く、傷をつくって感染症を起こすケースが多々あります。このように、さまざまな要因が重なりあって、糖尿病に端を発したものが足の切断にまで至るケースが多いのです。

 

政府が運営するリハビリテーションセンターは、ほぼ無料で、義肢も装具も提供しています。なので、医療費が支払えなくても支援を受けることができます。ただ、センターまでの交通費を払うことができない、アクセスする手段がなければ、支援も受けられません。

 

ナジャフ県には140万人が住んでいて、そのうち40万人が市内で暮らしています。この40万人は、センターへ簡単にアクセスできますが、それ以外の100万人の中には、アクセスしたくてもできない人がいると考えられます。本当に困っている障がいのある人たちへ、私たちがどのように支援の手を差し伸べるかが、実は大きな課題です。それと併せて、多くの人に施設の存在について知ってもらうことも課題です。

 

―義肢には、義手・義足の両方が含まれますが、需要は異なるのでしょうか?

患者の多くは、義足を求める方が多いです。というのも、義手は患者が満足できるレベルの機能的なものを作るのが難しく、外観の再現にとどまるケースが多いです。日本など、医療技術が進んでいる国であれば、筋電義手といって、切断されている表面にある筋肉や神経の動きを電極で感知し、使用者が頭で考えている動きを再現できる義手の開発が進んでいますが、私の活動している地域ではそこまでのレベルを求めるのは難しいです。義手をつくる段階で「このようなものになります」と見本を見せると諦める人が多いです。

 

一方で、義足は歩行獲得につながります。歩行は、手ほど繊細な動きを求められません。義足によって歩けるようになれば、仕事をすることや学校に行くことができるので、義足の需要はとても高いです。

 

教育プログラムは現地の保健省が主催し、ICRCチームは技術面、運営面でのサポートを行う © L. Ameen/ICRC

 

―義肢の提供など物理的な支援以外で何かやっていることはありますか?

昨年からナジャフのリハビリテーションセンターで脳性麻痺をもつ子どもとその家族に対する教育プログラムが始まりました。特別なテクニックを伝えるわけではありませんが、脳性麻痺があっても関わり方次第で子どもの本来持っている能力を引き出せることや、日々の活動のレベルを向上させていくことができるということを家族に説明し、実際に指導します。そして最も大事なポイントは、患者家族同士の情報交換を促すことです。まだまだ障がい者が社会に受け入れられているとは言い難く、障がいのある子どもは家で家族とのみ過ごしているケースが多いです。そのため、障がいのある子どもとその家族同士のネットワークが構築されずに孤軍奮闘していることがあります。そういった家族に対し、情報共有の場を提供し、同じような経験を持つ家族と知り合うことで、外に出ていくきっかけになればと考えています。

 

―ICRCで働いてみてどうですか?

ICRCは、アクセスの難しいところにいる人々に支援をとどけるための「切符」をくれます。ニュースに出てくるような紛争地域であっても中立性や独自のセキュリティ管理がアクセスを可能にします。そういった点がICRC で働く良さでしょうか。

 

同僚はバックグラウンドがさまざまです。なので、ICRCを目指す人には誰にでも働くチャンスはあるのだと思います。ただ一つ、皆共通して外の世界に対する関心が高いです。他の国で起こっていることに常に関心を持っておくことが大事だと思います。

 

一時帰国し、駐日事務所でインタビューに応じる向山さん ©ICRC