ご挨拶 ー 駐日代表より

ICRCで働くモチベーション、そして日本のチームを率いる決意と目標
ICRC本部から人道支援の現場を管理・監督するという非常に実務的な職務を経験した上で、駐日代表部を率いる役目を与えられたことを大変光栄に思います。第二次世界大戦末期に駐日代表だったマルセル・ジュノー が、原爆投下から1カ月後に広島入りしたことが頭をよぎり、尊敬の念を新たにするとともに、謹んでこの重職を引き受けました。歴史や文化から人々に至るまで、日本に学ぶことは日々数限りなくあります。

私の駐日代表としての役目は、民間人を守り助ける国際人道法の心強いサポーターとして、日本の力をより発揮してもらうこと。現在、そして将来の不安をなくすために、国際社会が戦時の決まりごとを尊重し、これを確実に順守するような議論に積極的に参加してもらうことです。日本が貢献できる分野としては、自律型兵器システム、サイバー戦争、AIや機械学習、人口密集地に放置された不発弾など爆発性戦争残存物の処理などが挙げられます。こうした議論の場で、日本は存在感を示すべきです。

複雑で困難を極める環境で人道支援を機能させるには、日本の支援が欠かせません。この国の外交ネットワークにも期待を寄せています。ICRCが掲げるNIIHA (Neutral, Impartial and Independent Humanitarian Action: 中立・公平・独立した人道活動) の擁護者として、力強く支えてもらえるとありがたいです。

広島平和記念公園にて献花(2019年12月)©広島市

ICRCが活動する世界は今どんな現状にあるのか
私たちが活動する現場は、目まぐるしく変化を遂げています。戦いの舞台が都市部へ移り、サイバー空間にも脅威が及ぶ状況下で、“戦場”の定義は以前と比べてかなり曖昧になってきました。
世界が分断され、多極化したことで、紛争の防止や解決、非常事態への対処がますます難しくなりました。地域レベル、世界レベルでみられる政治の多極化は、紛争の種に水を与えているかのようです。紛争の政治的解決に手を焼く国際社会は、人道アクターに対して、暴力によって深く傷ついた人たちへの短期的な処方箋を求めます。
さらに厄介なことには、原則に基づいた人道支援が、時として政治的に扱われてしまいます。そうなると、複雑で、解決の糸口が見つからない紛争が招いた惨状に対して、中立的に手を施す人道スペースがどんどん削られていくことになります。紛争や暴力に端を発した人道上の問題は、比較的短期間で深刻な事態に陥ります。それに加えて昨今では、長い時間をかけて発展した問題、例えば、気候変動や人口増加、都市化や経済発展の格差などと相まって、状況をさらに悪化させています。いまや、ICRCが活動する環境を最も的確に示す言葉は、「危険」「複雑」「細分化」で、「実体」と「虚像」の双方を扱っています。

支援物資を受け取り、カメラに駆け寄る避難民キャンプの子どもたち。世界で最も深刻な人道危機に見舞われているイエメンでは、2,400万人以上が支援に頼って生きている。ICRCとイエメン赤新月社は、食料や安全な飲み水、生活必需品の提供に加えて、医療システムの支援や収容所の生活環境の改善に日々奔走している(2018年11月、ザマール)©ICRC

 

世界を悩ます人道問題。ICRCに何ができるのか
ICRCは今まさに、近代発展の矛盾にさいなまれています。歴史を振り返ってみても、現代ほど人々が健康的で、豊かで、繋がっている時代はありません。その一方で、暴力や戦争、未完の開発、気候変動、そして不公平な現実に苦しめられている人の数も増えています。

紛争や暴力により、人間が直接・間接的に払う代償には愕然とするばかりです。毎日世界のあらゆるところで、何十万もの人々が迫害や虐待を受け、家をあとに逃げまどい、傷を負い、命を落としています。人間として最低限保証されるべきものすら手に入れられない人たちがいます。紛争によって命を奪われた民間人の数は、2010-18年の間に倍に膨れ上がり、武力や暴力から逃れようと家をあとにした人や、消息を絶ったり拘束されたりした人の数は、第二次大戦以降で最多となっています。市民への暴力が当たり前のように横行し、死傷者が多数出ても、「戦争だから仕方がない」との見方が大半です。

困難な問題に直面しながらも、ICRCは人道スペースを確保して、助けを最も必要とする人々の近くで寄り添い続けています。複雑で危険、かつ困難を極める状況にあっても、粘り強く交渉を重ねて、紛争や暴力に巻き込まれた数百万におよぶ人々の保護や支援を続けています。

例えば、シリア、南スーダン、イラク、ナイジェリア、イエメン、コンゴ民主共和国、アフガニスタン、ウクライナ、リビア、ソマリア、そしてミャンマーでは、国際赤十字・赤新月運動 とそのボランティアによる独自のネットワークを駆使した強固なパートナーシップにより、人々を保護・支援しながら、法律面や運営面、政策面においてシナジーを拡大させています。そうした努力にもかかわらず、悲しいことに、現場のニーズと人道支援組織の対応能力のギャップは広がるばかりで、非常に憂慮すべき傾向と捉えています。

国境なき医師団企画のイベントに登壇。対テロ政策下における人道スペースの確保などについて語る(2019年12月、東京)©ICRC

 

問題解決や救援活動で日本に期待すること
日本は、多国間による解決を強く信じていて、国際協力を通じてどの国よりも平和貢献を積極的に行いたいと考えています。日本の多岐にわたる外交ネットワークを駆使して、支援を必要とする人たちにICRCがたどり着けるよう道筋をつけると同時に、戦時の決まりごとである国際人道法や政策面において私たちの立場やイニシアチブを支える独自のスタンスをとってくれることを期待します。私は、日本を頼りがいのあるパートナーと捉えています。国際法の尊重や法の支配を強く擁護する国として、国際人道法の順守の促進に主導的な役割を担えるはずです。
例えば、核兵器やサイバー戦争のみならず、殺傷能力のある自律型兵器システムやAI・人工知能に関連する議論に積極的に貢献できるでしょうし、またそうあるべきだと考えます。将来に起こりうる武力紛争やその他の暴力行為がもたらす不必要な苦しみを確実に防ぎ、昨今の戦争の代償である人的コスト・経済的コストを大幅に削減することもできるでしょう。日本の歴史や経験、そしてサイバー空間を駆使した高度なシステムによって社会問題の解決と経済発展のバランスをとる「人間中心の社会」を築き上げようとするその姿勢は、人道支援と組織的戦略の中心に「人間」を据える私たちのような組織にも刺激を与えてくれます。

日本は、イノベーションや新しい技術を取り入れたグローバルなプレイヤーでもあり、先導者でもあります。人道アクターに対しては、より効果的で実測性があり、現実に即した活動を実施できるよう、さまざまな機会も提供してくれています。現在現場で直面している数多くのジレンマや課題に対処し、問題を解決するためにも、日本の複数のパートナーと協力してより大きなインパクトを与えることができれば嬉しいです。実際、問題解決には複数の関係者による関与が必須です。ICRCが人道ニーズを満たすために日々精進しているように、日本企業にも人道支援により多くの力を割いて、積極的に参加、貢献してもらえるよう望みます。

人道支援の現場にも技術開発やイノベーションの恩恵を。早稲田大学と立ち上げた共同事業の一環として、サーモカメラ搭載のドローンを飛ばして地雷など爆発物を探知するためのテストを実施(2019年11月、埼玉)©ICRC

もう一つ付け加えるとしたら、日本が抱える人材への期待です。日本は、能力の高い、多様な人材を輩出しています。世界80カ国以上で活動するICRCもまた、スタッフの多様化を図ろうとしています。そこで、日本の皆さんにも是非、私たちと一緒に働き、未来の戦力になってもらいたいと心から願います。

昨今、ICRCなどの人道支援組織への期待が高まる一方で、現場のニーズに対応する組織のキャパシティーが年々追い付かなくなっているのも事実です。私たちを必要としている人が誰一人として取り残されることがないよう、資金面での継続的かつ、より強力なバックアップも日本政府には期待しています。

ICRCの活動資金は、ジュネーブ諸条約に加入している各国政府からの任意の拠出金で成り立っていて、総額の9割以上を占めます。中でも日本は、1千万スイスフラン(約11億2千万円)以上を拠出するトップドナー約20ヵ国で構成される「ドナー・サポート・グループ」の長期にわたる忠実なメンバーで、アジアで唯一の国です。

そうした立場から、日本には、ICRCが常に念頭に置いている将来の政策や戦略、そして人々のニーズに合った人道支援をより具体化するため、力添えいただきたいと思っています。

戦後75周年を迎える2020年に向けて、松井一實・広島市長と会談(2019年12月)©広島市

また、国内パートナーの日本赤十字社とは、これまで築いてきた連帯関係をより進化させたいと思っています。日赤が国内外で行うサービスは注目に値します。ICRCの事業にも貴重な人材を提供してくれています。一筋縄ではいかない海外の人道支援において、日赤の持つ幅広い専門性や能力、経験が十分発揮されるよう、今後全面的にサポートしていきます。同時に、戦時・平時を問わず奉仕の精神で人間に光を当てる「赤十字」の取り組みをより多くの人に知ってもらうために、優先的に力を尽くします。

 

これまでのキャリア:ICRC内外に向けた私の情熱
私はこれまでの職場で、二つの異なった情熱を注いできました:一つは、人道支援に従事する者として「人のために、人と共に働こう」という思い。二つ目は、冬季スポーツのイベント運営に携わる者として「忘れられない瞬間を届けたい」という思いです。

国際スノーボード連盟に3年勤務した後、1998年にICRCに入り、ジャムカシミールや南スーダン、ガザ地区、アフガニスタン、コートジボワールでの任務に就きました。その後ジュネーブ本部に異動となり、南・中央アジア事業局長として、当該地域にとどまらずグローバルな事業の責任者となりました。フリーライド・ワールド・ツアーの運営局長を務めるために1年間休職した後、2009年にICRCに戻り、世界で展開している事業全体の戦略統括を担う事業副局長となり、安全・危機管理部門も管轄していました。

日本に着任する前は、アンドラ、キプロス、フランス、ギリシア、イタリア、マルタ、モナコ、ポルトガル、サンマリノやスペインなどを管轄するICRCパリ地域代表部の首席代表でした。

私のモットーは、実利的で現実的であること、そして、解決策を見出し、人を中心におくこと、です。チームが一丸となって業務にあたる時は、「この世に不可能なことなどない」が信条です。私を知る人なら、今頃大きくうなずいているでしょう。リスクを取って失敗を受け入れる覚悟さえあれば、必ず成功すると固く信じています。

最後に、私から日本の皆さんへお願いがあります。日本での任務を完遂するには、皆さんの協力が欠かせません。“NIIHA”や国際人道法により関心を持って、理解を深め、積極的にサポートしてください。行政関係者だけでなく、NGOや教育機関、民間セクターとも対話を深めていきながら、実質的な支援につなげていけたら本望です。そして、最終的には多くの皆さんにICRCに関わってもらい、「赤十字大使」としての役割を担ってもらえれば、これ以上嬉しいことはありません。
皆さんの温かい支援に心より感謝いたします。

ICRC駐日代表 レジス・サビオ
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アジア矯正建築会議の一環で施設訪問した際の一枚(2019年11月、東京)©ICRC

 


 

レジス・サビオ

赤十字国際委員会(ICRC)駐日代表

Regis Savioz

Head of Delegation in Japan,
International Committee of the Red Cross (ICRC)

スポーツ業界における広報やディレクターを経て、1998年 よりICRCにてキャリアをスタートさせる。

パレスチナのガザ地区およびアフガニスタンのマザリシャリフで、ICRC副代表部代表を務め、コートジボワールのICRC代表部では副代表として現場の指揮を執る。ジュネーブ本部においては、南・中央アジア事業部長、資金調達局で課長を務めた後、世界80カ国以上の活動を統括するICRC事業局の副局長として6年間辣腕を振るう。

駐日代表に任命される以前は、フランス・パリに拠点を置くICRC地域代表部(スペイン、ポルトガル、イタリア、ギリシャなど非アングロサクソン系の欧州10カ国を管轄)にて首席代表を務め、移民や多国籍軍などに焦点を当てた人道外交の陣頭指揮を執る。

スイス国籍
1967年生まれ

 


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