ICRCとテクノロジー

2018.05.24

人道支援と民間技術、障がい、イノベーションがテーマのプロジェクト「Enable Makeathon」。地方に住む障がい者を対象に参加者が自分たちの作品を披露。©ICRC

近年、科学技術の進歩や情報のデジタル化によって、私たちの日常生活が一変したと言っても過言ではありません。同じように、人道支援を行うICRC の活動や人道的価値観の啓発においても、さまざまな変革が遂げられています。今日の現場のニーズに応えていくためにも、民間セクターや学術分野の専門家などとの協力が欠かせない時代に私たちも突入しました。

 

最新技術を使った新たなアプローチ

アプリの開発

ICRC は今年3 月、拡張現実(Augmented Reality: AR)の技術を用いた「Enter the Room(部屋に入る)」という無料のiOS ユーザー向けアプリをリリースしました。Pokemon Go やSnapchat といったゲームでおなじみのAR ですが、紛争の現状を伝えるために使われるのは初めてのこと。ストーリーは、都市部に住む少女の部屋の中で展開されます。部屋の入り口を設定し、そこから一歩踏み出すと、まるで自身が部屋に入ったかのような感覚に陥ります。部屋の中を歩いてみると、ぬいぐるみやベッド、学習机があり、少女が描いた絵なども目に入ってきます。しかし、数分ごとに年数の経過を示す表示が現れ、空爆や爆発の音が聞こえてくると同時に、部屋の様子も変わっていきます。少女の心を映し出す絵からも、数年にわたる争いがもたらす残酷な現実を知ることができます。設定を都市部の少女の部屋とすることで、平和な日々を送っている人たちにも紛争下でのできごとを体感してもらおうという狙いです。

 

iOS ユーザー向けアプリ「Enter the Room(部屋に入る)」 ©ICRC

 

アプリ以外にも、プレーヤーの物理的視点で進む「ファースト・パーソンシューティングゲーム」のひとつ「ARMA3: Laws of War」の開発にも携わりました。戦争のルールを守る上での戦闘員の役割と責任を、プレイしながら自然と体得するというもの。2017 年売上純利益の半分(約1880万円)が、ゲーム会社よりICRC の活動に寄付されました。

 

新たな支援ツールの開発

最新技術は、戦争で傷ついた人々を力づけることにも活用されています。昨年6 月、ICRC は「JapanXR Hackathon 2017」を複数のゲーム関連会社と共催。XR とは、AR、仮想現実(VR)、複合現実(MR)の総称で、新進気鋭のアイディアに溢れた技術者たちが、人道支援の現場で役立つツール開発に挑戦しました。ICRC 大賞には、戦闘に巻き込まれて足を失くした子どもたちがゲーム感覚でリハビリに取り組めるツール「Happy Children」が選ばれ、副賞として開発資金450 万円が授けられました。私たちはこのように、先端技術を生かした人道支援のあり方も模索しています。

 

企業・学術分野との連携

また、企業とのパートナーシップも欠かせません。例えば、紛争で離れ離れになった家族の再会を支援するため、マイクロソフト社とパートナーシップを結んで、顔認証技術を取り入れています。 また、ナイロビにあるICRC の大きな倉庫では、電力供給が途切れ途切れになる課題を解決するために、小規模発電網の開発分野で活躍するアセア・ブラウン・ボベリ(ABB)社が太陽光発電を活用した電力供給システムを構築。日々のICRC の業務を支えています。

企業だけでなく、学術分野との連携も、革新的な解決策の発見や支援の効率性の向上を目指すうえで有益です。例えば、最先端のロボット工学や生物機械工学技術などによって、障がい者の能力拡張を図るため、昨年4 月に東京工業大学とスイスとの国際共同ワークショップに参加しました。

 

ガザ地区の街角で携帯電話や懐中電灯を充電中。モバイルテクノロジーは必要不可欠なライフライン。 ガザでは頻繁に電気の供給がストップしてしまうため、無料で提供される充電バッテリーが役立つ T. Mohammed/ICRC

 

その一方で負の側面も

科学技術の進歩が私たちの活動を助ける一方で、新たな懸念も浮上しています。

まず、戦闘の方法や手段が変わってきています。殺人ロボットやレーザー武器など、昨日まではフィクションだったものが、明日には大惨事を招く武器として戦場で用いられるかもしれません。武力紛争の当事者が、無線操縦無人機のような遠隔操作による武器システムを用いるケースが増えてきています。自動制御兵器も普及してきていて、殺人ロボットのような攻撃の判断すら無人化された兵器の導入も、昨今検討されています。

また、サイバー戦争も想定されます。サイバーネットワークが一般的に脆弱であること、そしてサイバー攻撃が潜在的な人道的代償をはらんでいることから、ICRC は、武力紛争に絡めたサイバー攻撃についても危機感を抱いています。例えば、国家のコンピューターネットワークが被害にあった場合、水道や電力、医療サービスといった生活基盤を壊される危険性があります。また、万が一GPS システムが麻痺すると、ダムや原子力発電所、航空管制システムのような、コンピューターへの依存度の高い公共設備が影響を受け、民間人からも犠牲者が出てしまうかもしれません。ネットワークはあらゆる部分が相互に関連しているため、一部に対する攻撃が他の部分やシステム全体へ拡大することも懸念されます。サイバー攻撃によって何十万もの人々の命、健康、生活が脅かされてしまいかねないのです。攻撃による人道的被害は計り知れません。戦争にもルールと制限があり、それらは銃やミサイルといった従来の武器の使用だけでなく、サイバー戦争にも適用されます。私たちはもう一度、民間人保護のために、戦時の決まりごとである国際人道法の基本原則に立ち返る必要があります。

 

ICRC とテクノロジーのこれから

サイバースペースや新型兵器は、新たな形態で戦争が行われうる領域を作りだしました。しかし、紛争下においては国際人道法の原則がすべての戦闘行為に適用されることは明らかで、今後も法の遵守を国際社会に訴えていく必要があります。その上で、将来起こりうる最新技術を使った戦争から民間人を守るために、より具体的なルールを考えることも必要となってきます。

日々革新を遂げるテクノロジーは諸刃の剣。効率性や人間の進化において多くの可能性を秘める一方で、使い方次第で倫理や既存のルールに抵触し、人間の尊厳を脅かすリスクも伴います。今日の長期化・複雑化する紛争の中で変化する人道ニーズに応えるために産学連携なども視野に入れながら、最先端の技術が紛争現場にどんなメリット・デメリットをもたらすのか、国際人道法の守護者としてさまざまな角度から引き続き検証することが私たちには求められています。