日本赤十字社と取り組む国際人道法の普及 ― レイドクロスを通して知る戦時のルール
近年、ガザやウクライナなどでの紛争の激化により、「国際人道法」という言葉に触れる機会が増えています。しかし、多くの人にとって国際人道法は抽象的で難解な印象があり、それが実際に武力紛争下で人びとの尊厳を守ることにつながると実感する機会もあまりありません。
赤十字国際委員会(ICRC)は、武力紛争下における意思決定において世論が極めて重要な役割を果たすと考えており、あらゆる世代の一般市民が国際人道法を理解することが、国家による法の遵守と義務の履行を促す上で不可欠であると考えています。
現在、世界情勢が混とんとする中で、紛争下の人びとが十分保護されず、国際人道法の原則が尊重されていない状況が続いています。だからこそ、紛争時だけでなく平時から国際人道法の原則を理解し、尊重する文化を社会に根づかせることが、これまで以上に重要になっているのです。
こうした背景を踏まえて、2024年10月に開催された第34回赤十字・赤新月国際会議では、「国際人道法の遵守に向けた普遍的な文化の醸成」に関する決議が採択されました。この決議のもと、ICRC駐日代表部は日本赤十字社と連携し、日本国内における国際人道法の普及活動を進めています。
体験から学ぶ:レイドクロスとは?

©日本赤十字社
今回は、日本赤十字社広島県支部主催の「赤十字国際セミナー」で実施された、青少年向けの国際人道法啓発プログラム「レイドクロス(Raid Cross)」を紹介します。
レイドクロスは、参加者が武力紛争下で起こりうるさまざまな場面をロールプレイ形式で疑似体験しながら、国際人道法の基本的なルールや精神を学ぶ学習ツールです。2005年にベルギーとフランスの赤十字社が開発しました。活動を通じて、参加者は「戦争とはいえ、やりたい放題は許されない(Even wars have limits)」という理念を、体感的に理解していきます。
たとえば、「負傷者」のシナリオでは、敵味方に関係なく、傷ついた兵士に応急処置をおこないます。この中で、参加者は「敵対行為に直接関与していない人びとを人道的に扱うこと」や、「負傷した兵士はもはや戦闘員ではなく、保護されるべき存在である」というルールを学びます。 (※レイドクロスについてはこちらの記事でも紹介しています)
国際人道法という言葉を初めて聞いた人や、特別な法律知識のない人でも、このようなロールプレイを通じて、「医療従事者を攻撃してはいけない」「民間人と戦闘員を区別しなければならない」「捕虜を人道的に扱うべきである」といったことを身をもって知ることができます。それが実は、国際人道法の根幹にある考え方であることに気づき、自然と人道法への理解を深めることができるのです。
国際人道法は、武力紛争下という極限状態においても、人びとの苦しみを軽減し、命と尊厳を守るという理念を法のかたちで定めたものです。その意義を守り、広めていくためには、紛争の当事者だけでなく、社会全体がその存在を知り、理解し、支えていくことが必要です。
私たちは、人道の原則に基づき、紛争下の人びとの命と尊厳を守る活動を行うと同時に、平時から国際人道法の重要性を伝え、「戦争にも守るべきルールがある」ということを学んでもらえるよう力を入れています。その取り組みの一つが、まさにレイドクロスのような普及活動なのです。
レイドクロスは、日本赤十字社の各支部が中心となり、地域の実情や参加者に応じた工夫を重ねながら主体的に実施しています。ICRCは、技術的な支援や紛争地での活動に関する情報を必要に応じて提供し、実施をサポートしています。