ICRCマウラー総裁:「核兵器の存続は、人類にとって最大の脅威」
2022年6月21日~23日にオーストリアの首都ウィーンで開催された「核兵器禁止条約第一回締約国会議」。以下は、開会にあたり、赤十字国際委員会(ICRC)ぺーター・マウラー総裁が行った演説。
本会議にお集りの皆様、
ついに今日、歴史的な瞬間を迎えました。
私たちは、核兵器禁止条約の内容を実行に移し、核軍縮が実現した未来を作るため、ここに集まりました。10年前には、まだ絵空事に思えたかもしれません。しかし今、人類が生み出した、最も破壊的な兵器である核兵器を、包括的に禁止することを明記した国際条約が現実のものとなっています。
これも、多くの人々のたゆまぬ努力の賜物です。
各国は、核兵器がもたらす壊滅的な影響を踏まえ、人道上の懸念を最優先すべきであることを理解した上で、信念と決意を持ち、率先して、有意義な多国間交渉を推し進めました。
各国の赤十字社、赤新月社は、広島・長崎で史上初めての原爆が投下されて以来、赤十字国際委員会(ICRC)とともに核兵器廃絶を訴え続けてきました。
市民社会は、勇敢さと熱意をもって、長年にわたり核兵器禁止条約の採択につながる勢いと弾みを作ってきました。
そして、核兵器の使用や核実験で被ばくされた方々は、揺るぎない勇気と希望をもって、当初から私たちの努力の原動力となり、常に奮い立たせてくれました。
この条約は、こうしたさまざまな人々の貢献なくして存在しえません。
核兵器の存続は、人類にとって最大の脅威の1つです。ひとたび使用されれば、人道上の壊滅的な被害をもたらし、地球の存続そのものを危うくします。核兵器が使用されることのリスクは、発生確率という意味でも、被害の規模という意味でも、増しています。
ウクライナ紛争を背景に今、核抑止論が再び勢いづき、明らかに正当化されているように見えます。そうした中、いわゆる低出力の「戦術核兵器」であっても、核兵器の使用が民間人や戦闘員、そして私たち全員が恩恵を受けている自然環境にとってどのような意味を持つかということに再度焦点を当て、議論を行うことが重要です。
もし核兵器が人口密集地やその近くで爆発した場合、直後に発生する人道上の緊急事態や、長期的な影響に適切に対処できる国際団体などはなく、犠牲者に十分な支援を提供することは不可能でしょう。
なぜ核兵器がもたらす影響に注目することがそれほど重要なのでしょうか。それは、そうした影響を知ることで、核兵器が道徳的、倫理的、法的に許容できるかどうかを判断し、抑止論を評価する基準となるからです。
核抑止の目的は、表面上は国家や地域の安全を維持するためであるとされますが、実際には、核兵器の存在が、個人や集団の健康と福祉、環境と食料の安全保障、そして、気候など、人間の安全保障に大きなリスクをもたらします。
核兵器は、人道上壊滅的な影響を与え、その影響は人間の健康や環境、将来の世代に及びます。よって、核兵器は非人道的、非道徳的であるとされ、核兵器禁止条約発効後は、慣習国際法の下でも違法となったのです。
こうしたことから、ICRCは、国際人道法のルールと原則に基づいて核兵器が使用され得るなどということは、到底ありえないと考えます。
また、いかなる核兵器の使用も、人道の諸原則と公共の良心に反することになるでしょう。同様に、核兵器を使用するという脅しも、実際に使用する可能性を示唆するものであることから、受け入れられるものではないとICRCは考えます。
核軍縮は、差し迫った人道上・法律上の義務です。
核兵器禁止条約が発効した今、核兵器の包括的な禁止は、国際社会全体が負う重大な責務で、廃絶に向けた重要なステップです。その実現までは、効果的なリスク軽減策を緊急に講じる必要があります。これは、核保有国とその同盟国が最優先に果たすべき義務です。
お集りの皆様、
今こそ、言葉ではなく行動で示しましょう。
この第一回締約国会議は、核兵器禁止条約の成功のための重要な試金石です。条約を効果的に履行し、段階的に普遍化するための枠組みを確立することに加えて、より広範な核軍縮・不拡散の体系の中で、この条約が持つ大きな付加価値が強調されることになるでしょう。実効性があり、信頼に足る法律文書であることが明確になると思います。
そのためには、大きな志と現実的な視点をバランスよく持つことが重要です。
ICRCは、条約の履行と今回の会議の成果を見据えて、締約国に対する具体的な勧告を盛り込んだ文書を提出しました。是非ご検討いただければ幸いです。
核兵器禁止条約にまだ参加していない国への支援や協力も、条約の効果的な履行に大きく貢献するでしょう。よって、核不拡散条約などの議論の中で相乗効果を高めることに加え、特に被害者への支援や、核兵器の使用・実験によって影響を受けた自然環境の修復という観点から、両条約の補完性を模索することが重要です。
ICRCは、「核兵器なき世界」という目標が実現するまで、国際赤十字・赤新月運動のパートナーとともに核兵器禁止条約の締約国数を増やし、その履行を強化し、核軍縮を促すために全力で取り組んでいきます。
会議の大いなる成功を祈念いたします。