紛争地における「人道回廊」の役割とは

国際人道法
2022.07.12

©ICRC

紛争地域から避難することを望んでいるにもかかわらず、避難できない民間人はどうしたらよいのか。一つの方法は、「安全な避難・人道支援のための経路」(いわゆる、人道回廊)を利用することです。

ウクライナからシリアまで、さまざまな国において、ICRCは、戦闘下で身動きが取れなくなった人々を救援し、武力紛争の犠牲者のもとへたどり着くために、「安全な避難・人道支援のための経路」の設置に携わってきました。

ここでは、「安全な避難・人道支援のための経路」の設置に伴う複雑なプロセスについて、よくある質問にお答えします。歴史上の実例や設置の方法、ICRCの役割、危険性などをご紹介します。

「人道回廊」とは?(矢印をクリック)

「人道回廊」(“humanitarian corridor”)とも言われる「安全な経路」(safe passages)とは、基本的に、武力紛争の当事者間の合意により、特定の地域に期間を限定して設けられる、安全が保証された経路のことです。この合意により、民間人の避難や、人道支援の受け入れ、また、死傷者や病人の移動が可能となります。

「人道回廊」は、設置できる範囲に限界があるため、理想的な解決策ではありません。重要なことは、安全な経路設置の合意があろうとなかろうと、民間人は戦闘下で保護されなければならず、包囲下にある地域からの避難を認められなければならないということです。また、人道支援組織は、武力紛争下にある人々に保護と支援を提供するために、必要なときにいつでもどこでも活動できなければなりません。

戦闘に従事している人々は、戦闘行為に関する国際人道法のルールの尊重を徹底する必要があります。民間人を保護し、必要とする人々に人道支援を届けるためです。

ICRCは「人道的一時停戦」をどう定義するの?(矢印をクリック)

「人道的一時停戦」(”Humanitarian pause”)とは、紛争当事者間の合意に基づき、人道上の目的だけのために、特定の地域で特定の期間、戦闘行為を一時停止することを意味します。「人道的一時停戦」や「人道回廊」は、国際人道法上の専門用語ではありませんが、同法には、それらにまつわる議論の枠組みとなる重要なルールが存在します。

国際人道法とは?「安全な経路」はどう定義されているの?(矢印をクリック)

国際人道法は、人道的な目的から、武力紛争の影響を制限することを目指す法体系で、武力紛争のすべての当事者に対して拘束力をもちます。

戦闘行為に直接参加していない、または戦線から離脱した人を保護し、戦争の手段や方法に制限を課し、「戦争法」または「武力紛争法」とも呼ばれます。

「安全な経路」については、国際人道法では明確に定義されていません。その一方で、民間人はどこにいようと、とりわけ戦闘行為の影響からは守られなければならないこと、そして、ICRCのような公平な人道支援組織は、人々が必要とする人道的な援助を提供する権利があることを明記しています。

つまり、激しい戦闘が行われている地域から出るために「安全な経路」が設置されたとしても、その地域から避難することができない、または避難を望まない民間人がいれば、国際人道法の下そうした人々も保護され、人道援助の対象となります。

「安全な経路」がこれまでに使われた例はありますか?(矢印をクリック)

あります。その歴史は1936年のスペイン内戦までさかのぼります。

1936年11月にマドリード市への攻撃が始まると、ICRCは1937年7月に一定数の女性や子ども、高齢者をバレンシアに避難させることが許されました。同年9月から11月にかけて、ICRCのトラック15台が車列を組み、約2,500人が避難しました。

それ以前にも、1936年末から1937年初めにかけて、ICRCはスペイン北部の都市ビルバオから、その東に位置するサン・セバスティアンへも500人以上を避難させたことがあります。私たちが最も力を入れたのが、紛争の両当事者に同時にアプローチをしなければならない避難の実現でした。なぜなら、それはICRCにしかできないことだからです。

1946年のインドネシア独立戦争の際、私たちは紛争当事者との対話を通じて、収容されていた3万7,000人のオランダ人とインド系オランダ人の避難を支援。また、1947年と1948年には1万2,000人以上の中国人を避難させました。

2016年、ICRCとシリア赤新月社は、東アレッポにいた25,000人超をアレッポ郊外やイドリブに、またシリア北西部、イドリブ県フーアとケフラヤにいた750人余りを同時に避難させました。負傷者は医療施設に運ばれ、地元当局や慈善団体、ホストコミュニティーなどが一体となって、東アレッポから来た数万人のニーズに対応しました。

ウクライナでは2022年3月以来、スムイやマリウポリから国内の他の地域へ、数千人の民間人を安全に避難させることに私たちは尽力してきました。3月15日と18日には、ICRCはウクライナ赤十字社とともに、スムイにいた数千の民間人の安全な避難を支援。5月初旬には、紛争当事者や国連と連携をとりながら、3回にわたり設置された安全な経路を使って避難が実現。マリウポリやその周辺地域にいた600人超の民間人がザポリージャにたどり着きました。

「安全な経路」は支援を届けるためにも使われるの?(矢印をクリック)

安全な経路の設置は、ICRCにとって望ましい選択ではなく、支援を必要とする人々のもとに救援物資を届けるための、数ある選択肢の中の一つでしかありません。設置の前に、戦争に巻き込まれた民間人はどこにいようと守られなければならず、そうした人々が必要とする人道的な援助をICRCが提供する権利が尊重されるべきなのです。また、安全な経路の設置計画・実施は、複雑さを伴い、必ずしも実現できる訳ではないのです。

安全な経路の設置は、危険を伴うものなの?(矢印をクリック)

当事者間の合意があっても、危険を伴う活動であることに変わりはありません。紛争下にある人々や人道支援従事者だけでなく、交戦国の要員にとっても大きなリスクを伴います。よって、そうしたリスクに対処し、すべての利害関係者に及ぶ潜在的な被害を、最小限に抑える必要があります。

過去数十年の実績を見てみると、「人道回廊」によって、数十万もの人々の命が救われています。

いわゆる「人道回廊」の設置時に、ICRCは、民間人が避難先を自らの意思で選ぶことを尊重しているの?(矢印をクリック)

意思の尊重は極めて重要です。どこへでも、どの当事者の支配地域へでも、本人が安全だと思える場所に行くことが許されなければなりません。一時的な避難や、法律に見合った措置としての避難が必要となることがあったとしても、民間人が半永久的に避難を強いられることがあってはなりません。

仮に、住民が、包囲下にある地域から避難する、もしくは避難することを強いられた場合、適切なシェルターや十分な食料が確保でき、衛生設備や医療へのアクセスを持ち、安全が確保できるよう、あらゆる措置が取られなければなりません。その安全確保には、性別やジェンダーに起因する暴力からの保護も含まれます。また、家族と離ればなれになることも、あってはなりません。

ICRCは、いかなる活動地域においても、民間人に避難を強いることや、強制的な避難を支援することは決してありません。人々の意思や赤十字の基本原則、国際人道法に反するいかなる活動の支援も行いません。

「安全な経路」を使って人々が避難を強いられた場合、それは違法なの?(矢印をクリック)

国際人道法の下では、武力紛争の当事者は、どのような規模であっても民間人に避難や移動を強いてはなりません。民間人の安全上の理由や、軍事上の必要性がある場合は別ですが、そうしたごく一部の例外を除き、危険にさらされている人々の避難や移動は、自らの意思で行われなければなりません。人々を避難や移動させるのであれば、本人の意思と同意に基づくこと、家族が離ればなれにならないこと、また、財産や行き先、身の安全、事後の帰還などに関連する認可や保証を、しかるべき当事者が漏れなく与えること、などの条件が満たされる必要があります。

ICRCは、中立かつ公平な人道支援組織として、負傷者もまた、前線をまたいで安全な場所へと搬送します。こちらの動画は、2013年に私たちがイエメン北西部サアダ県ダマジから重傷者を避難させたときのものです。スタッフのインタビューと併せてご覧ください(英語)。