インタビュー:国際赤十字・赤新月運動が行う自然災害救援活動
3月15日から16日まで、防衛省の主催により、第16回東京ディフェンスフォーラム(TDF)が開催されました。同フォーラムにはアジア太平洋地域の国防省幹部(局長・将官レベル)が参加し、「災害救援時における軍民関係」及び「海上安全保障に係る取組」を中心に意見交換を行いました。また、3月16日午後には公開イベントとして第二回TDFセミナーが開催されました。
赤十字国際委員会(ICRC)は、TDF、TDFセミナー双方に参加し、後者のセッション1:「災害救援時における軍民関係」において、東南アジア・太平洋地域担当軍事顧問のラリー・メイビーが「国際赤十字・赤新月運動の自然災害対応」について、軍との関係に焦点を当てて発表しました。
当日発表した内容に加え、日本の自衛隊とICRCの関係などについてメイビーに聞きました。
Q:自然災害時における国際赤十字・赤新月運動の役割と、各組織の役割分担を教えてください
国際赤十字・赤新月運動(赤十字運動)は、ICRC、188の各国赤十字社・赤新月社、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の三者で構成されており、自然災害時の救援活動には150年近い歴史があります。自然災害時には、この三者の中でも、被害を受けた国の赤十字社・赤新月社が中心的な役割を果たします。被害国の赤十字社・赤新月社に十分な人材や経済力がある場合は、その組織が赤十字運動の救援活動を統括・指揮します。ただし、もともと武力紛争や暴力を伴う事態にあり、かつICRCが現場活動を行っていた国で自然災害が発生した場合には、ICRCが運動内の中心的な調整役を担います。一方、平時に自然災害が発生した場合には、IFRCが中心となって、被害国の赤十字社・赤新月社への人材・資材提供など、赤十字運動内の救援活動の調整を行います。
Q:自然災害時の救援活動では、軍隊とも連携があるのでしょうか?
ICRC、各国赤十字社・赤新月社、IFRCは、赤十字運動内で協力・調整した上で救援活動を行います。また、軍隊を含む外部とも、活動が重複したり非効率的な状態が起きたりしないよう必要に応じて調整を図ります。ICRCも、武力紛争時に行っている活動が自然災害時においても必要とされた場合、その専門分野や資源が有効活用できるよう調整します。
Q:近年アジアで起きた自然災害に対し、ICRCが救援活動を行った例はありますか?
ICRCは、アジアを含む世界の様々な自然災害において救援活動を実施しています。いくつか事例をあげると、2011年には、東日本大震災や、タイ、フィリピンでの洪水により被害を受けた人々に支援を行いました。その他にもスマトラ沖大地震・インド洋津波(2004年)に際しては、ICRCからスタッフ、備品、専門的技術を提供しましたし、カシミール地方大地震(2005年)、ミャンマー・サイクロン(2009年)、ハイチ地震、パキスタン洪水(いずれも2010年)など多くの自然災害において、IFRC、各国赤十字社・赤新月社と協力し救援活動を行っています。
Q:これまでの軍での経験や現在の職務を通して、自然災害時における軍隊の役割をどのように考えていますか?
自然災害時において、各国軍隊は、自国政府の救援活動を支援する重要な組織だとICRCは認識しています。自然災害時の救援活動は軍の一般的な任務です。通常、自然災害救援に携わる場合、軍隊は民間当局の援護組織として召集され、兵士は非武装で任務にあたります。政治的・民族的・宗教的闘争や緊張のない平和な国において、これは特に問題にはなりませんし、ICRCと軍隊、その他組織間の調整も比較的容易です。一点明確にしなければならないのが、軍隊は当局の要請を受けてのみ災害救援に携わるべきで、常に当局の管理下にあるべきだというのがICRCの見解です。原則として、軍隊は非武装で、当局が対応できないような分野に取り組むべきです。軍隊は、陸海上の輸送や技術、物流、通信手段の設置など、政府当局の手が及ばず、専門性が要求されるような分野に注力して活動すべきです。
Q.武力紛争下での自然災害救援活動は、より複雑なのでしょうか。
武力衝突、暴力を伴う事態、政治的緊張下などにある地域で自然災害が起きた時に軍隊が救援活動に関わる際には、気をつけなければいけない点が何点かあります。特に、軍隊がすでに活動を展開していた場所では更に気をつけるべき点が強調されます。軍隊は、自国で救援活動にあたる場合と、災害が発生した他国に派遣される場合がありますが、いずれの場合も、被災地の住民から軍隊が疑いの眼差しで見られたり、場合によっては更に悪い印象を持たれる可能性もあります。また、軍隊が行う救援活動が公平なものではなく、国民の注目を集め心をつかもうといった政治的・軍事的目的をもって行われる危険性があります。このような状況下では、ICRCやその他の赤十字運動組織が軍隊と密接に関わり調整を行うと、赤十字運動の中立・公平・独立という原則が侵害される危険性があり、赤十字運動の取り組みは消極的にならざるを得ません。
Q:自然災害時以外の平時にも、日本の自衛隊と関わっているのでしょうか?
武力紛争やその他の暴力を伴う状況において犠牲者を支援する使命を帯びているICRCにとって、軍との連絡・調整は不可欠です。実際、軍隊が平和活動、災害支援などの活動を行っている国でICRCも活動しています。例えば、ハイチ、パキスタン、レバノン、南スーダンなどでは、ICRCと自衛隊が同じ国で活動しています。
Q: 具体的に自衛隊と共に実施している活動事例はありますか?
ICRCは毎年、自衛隊と共にいくつかの活動を実施しています。最近の例では、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)へ国際平和協力隊として派遣される隊員を対象に講義を行ったほか、アジア太平洋地域における平和維持(PKO)活動訓練において、自衛隊を含む各国軍隊を対象にしたトレーニングにICRCも協力しました。また、戦争捕虜取り扱いマニュアルの作成を含む諸業務においても、ICRCから専門家を派遣し情報を提供しています。その他にも、防衛省防衛研究所とは国際人道法に関連するセミナーを毎年共催していますし、アジア太平洋地域の多国間軍事訓練には、ICRC、自衛隊ともに関わっています。ICRCはまた、イタリアのサンレモにある国際人道法研究所や、軍高官を対象とした人道法ワークショップ(SWIRMO)など、海外で行われる国際人道法のセミナーにも自衛隊員を招聘しています。
Q:今後の展望は?
ICRCと自衛隊は、互いに信頼・尊重し大変良い関係を築いており、今後も更なる関係の強化・発展を期待しています。ICRCとアジア太平洋地域における各国軍隊は、同地域での互いの使命を尊重し、活動を理解しあうことが特に重要です。緊迫した状況で共に活動することを想定し、平時から、関連する情報や互いの活動範囲を共有しておくことが重要だと考えています。
ラリー・メイビー略歴:
ICRC東南アジア・太平洋地域担当軍事顧問。
カナダ及びニュージーランドの国防軍に26年間勤務。法務将校として、ボスニア、クロアチア、カンボジア、東ティモール、パプア・ニューギニア、中東諸国などで平和支援やその他の作戦に従事した。2004年にICRCに入り、法律顧問(南アジア、イラク担当)、イスラエル・占領地域代表部法務部長を歴任し現在に至る。メルボルン大学法学修士。