ICRC事業局長、ピエール・クレヘンビュールによる2013年所信表明(日本語訳)
ここでは、武力紛争およびその他の暴力を伴う事態によって被害を受ける人たちが直面している状況、ならびに、2012年10月末時点での世界約80カ国のICRC現地代表部/事務所の主な活動目的と予算について解説します。
ピエール・クレヘンビュール
ICRC国際救援派遣員としてエルサルバドル(1991-92)、ペルー(1992-93)に着任し、アフガニスタン(1993-95)ではジャララバード事務所長を経てカブール副代表に就任。その後ボスニア・ヘルツェゴビナ代表など複数の管理職ポストを歴任。1998年よりジュネーブ本部においてコソボ紛争特別委員会を率いるなど中央・南東ヨーロッパを管轄し、陣頭指揮をとる。ICRC総裁個人顧問(2000年)、2002年7月より現職。スイス人、1966年生まれ。
現代の武力紛争の傾向
現在、ICRCが活動対象としている武力紛争やその他の暴力を伴う事態を分析すると、きわめて多くの特徴が強く見られます。
まず一つ目の特徴は、「アラブの春」として知られる北アフリカ、中近東での民衆蜂起によって生じた多様な課題、分裂そして不安定な状況があります。一年を通して政治的な移行が速やかに行われたり、効果的な選挙が実施された国もありますが、武力衝突などに直面する国もありました。中でもシリアは、武力衝突や人道上の問題が急激に増加し、何万人もの人が死傷、数百万人が国内外で避難生活を余儀なくされ、何千人もが収容されています。この紛争が収束する見込みはなく、政治的解決策もない現状は、非常に深刻な問題として市民に影響を及ぼしてしまうことでしょう。この地域の問題は、一層懸念されます。
二つ目の特徴は、サヘル地区の一連の不安定な展開で、特にマリ北部で観られました。マリの分裂は新たな人道ニーズを生み、その暴力の拡大は周辺国に不安を与えています。蔓延する食糧不足、地元市場の混乱の影響で、保健医療、水、電気など生活必需品の供給がすでにされているマリ北部では緊張は増す一方です。
三つ目の特徴は、国際治安支援部隊からアフガン当局への治安維持の任務の移行です。アフガン市民は30年間、治安の悪化と人権侵害に直面してきました。2014年までに予定されている外国派遣軍の大幅な撤退に向けて、アフガン市民の未来に関する深刻な課題が挙げられています。”アルカイダ組織戦争”に関しては、条約上の軍事介入から特殊部隊と無人飛行機による軍事行動への移行が進んでいます。
四つ目の特徴は、武力紛争の長期化が市民に様々な面で悪影響を及ぼしていることです。例えばソマリアでは、特に中部と南部の多く市民が多様化する危機とニーズに直面しています。これはアフリカ連合派遣部隊を含むソマリア暫定政府を支持する軍隊とアル・シャバブによる衝突が、ここ一年で激化していることが原因です。独立後一年の南スーダンでは、スーダンとの戦闘、そして両国内での内戦の影響によって難民や避難民の問題は拡大しています。イラクでは長引く紛争によって、多くの市民が犠牲となっています。夏には、一週間で最大規模の死傷者を出したときもありました。コンゴ民主共和国(DRC)では、政府軍とM23戦闘員の闘いが更に激化し、政治的解決策が見出されないまま、民間人が大きな被害を受けています。コロンビアでは、長期化する戦いを終結させるために政府軍とコロンビア革命軍の間で幾度となく話し合いがされているにも関わらず、内戦が続いています。
五つ目の特徴は、深刻な人道危機をもたらす原因となるその他の暴力を伴う事態です。一部アジアにおけるコミュニティ間の戦いやアフリカでの部族同士の衝突、そして主要都市部での国軍対暫定武装集団の戦闘などが例として挙げられます。
最後に、世界は経済危機にいまだ見舞われています。例えば欧州では、増え続ける負債と失業率によって紛争地に住む親族への仕送りが滞っている出稼ぎ労働者も少なくありません。2007?2008年と2010?2011年の食糧の価格高騰の後、アメリカで起きた干ばつの影響を受け、いくつかの農作物の価格が急騰したことは、経済的・社会的に不安定な国に影響を及ぼすのではないかと懸念されます。
2012年のICRCの活動
2012年、危機的な状況にある国において、ICRCは多くの民間人の尊厳を守り生活を支えてくることができました。特にアフガニスタン、コロンビア、イラク、イスラエルと占領地区、マリ、ソマリア、シリアやイエメンなどがその一例として挙げられます。組織の中立性、独立性、公平性に対する課題に直面しつつも、ICRCは難しい状況の中でも、政府・反政府に関わらず多数の武装勢力と関係を構築することができました。
ICRCの活動の重要な鍵となっているのが、各国赤十字社・赤新月社との体系化され、順応性のある連携と組織構成、そして困難な状況においての危機管理への個人と組織の準備態勢です。
2003-2005年以来、2012年は安全面では最も難しい一年となりました。上半期中に三件もの人質事件に巻き込まれ、悲惨なことにパキスタンで誘拐された職員は殺害されました。このことでICRCは現地での活動を大幅に縮小しました。イエメンでは、空爆に巻き込まれた職員が命を落としました。さらにIアフガニスタン、DRC、リビア、ソマリアなどでも安全を脅かす事態に遭遇しています。ICRC職員のみならず、各国赤十字・赤新月社も同じような課題に直面しています。例えば、シリア赤新月社では、2012年9月までの一年間で4人の職員を失くしています。
このような厳しい状況の中、ICRCは2012年の初期計画で当てていた現場活動費約864億7,950万円に加えて、三件のプログラムの活動延長費、約合計62億380万円を掛けて、積極的に取り組むことができました。(延長されたプログラムはシリアに約24億5760万円、そしてニジェールの首都ニアメー地区での二つを合わせた約37億4630万円となります)。計画当初約66億1340万円あったパキスタンの活動費は約37億1630万円に縮小されました。
2013年のICRC主要課題
アクセスの質と活動範囲
ICRCの宿題であり基本的な課題となっているのは、必要としている人々および個人に支援の手を差し伸べ、行き届かせることです。
2013年の活動資金協力要請額は、昨年の初期計画活動費を少し上回る9億8,870万スイスフラン(約968億5,300万円)です。これは武力紛争やその他の暴力を伴う事態が原因で、多様化する人道危機に対するICRCの決意を反映しています。
2013年は約40億円以上の予算を投入して活動を行う国が7カ国あります。最も大規模な活動を行う11の国・地域は、以下の通りです。アフガニスタン(約86億4,140万円)、イラク(約66億4,340万円)、ソマリア(約66億1,340万円)、DRC(約58億7,410万円)、南スーダン(約56億7430万円)、シリア(約51億1,490万円)、イスラエルおよび占領地区(約46億8530万円)、スーダン(約38億9610万円)、ニアメー地区(約37億4,630万円)、イエメン(約33億9660万円)、コロンビア(約33億1670万円)。
武力紛争やその他の暴力を伴う事態は多様化し続けています。それぞれに特化した対応が求められていて、そのような要求に応じるためにも、様々な取り組みの模索と改善を続けています。このためには、まず支援を求める人を対象に、質の向上のための調査と分析が必要となります。つまり早い段階から支援対象となる人の意見を取り入れながら、対応策を考えるのです。また、支援を必要とする人々の立ち直る力を大切にしながら、様々な支援を提案することもICRCには求められています。
ICRCは緊急かつ深刻な事態、そして長期化した武力紛争に起因する複合的な危機に焦点を当てていき、被拘束者、負傷者や病人、身体の不自由な人、避難民、そして特に女性と子どもへの支援を拡大していきます。
業務と安全管理
ICRCの予算は、人道危機への対応を最優先に、アクセスと受け入れ体制の確保、そして目標を達成するための取り組みなどを考慮した上で決定します。
この軸となるのが、取り組みの効果と現場職員の安全のバランスを取ることです。ICRCは、政府、武装・治安部隊に対して、組織の活動を理解してもらえるよう関係を築いてきました。わずかな不適切な言動などで崩れてしまう関係のため、受け入れてもらうために長い時間を掛ける必要となります。
状況に応じて関係者と話し合いをすることもICRCの活動を遂行するためには重要です。武装勢力など紛争当事者の多様性を考慮した上で、常に調整をしながら関係を構築して必要があります。信頼関係を築き、継続することは容易なことではありません。
2013年の予算には、不安定な環境の中で特定のニーズに対応するために幅広い活動が反映されています。多角的な対策が求められる危機管理は、ICRCにとって大きな課題で、油断が許されない状況です。
多組織との関係構築
ICRCは変化する国家間の関係の対策として、多角的な関係構築と維持に勤めています。すでに関係のある組織と継続する一方で、国際社会で重要な役割を果たす組織との関係拡大にも力を入れています。このように相互理解とビジョンの共有に努めることで、ICRCの活動を持続することが可能となるのです。
赤十字のパートナーシップと調整
赤十字運動内でも、いくつかの赤十字社が同じような活動をしています。ここでICRCは、パートナーと協働で事業を展開していくことが重要となってきます。2013年は、自国で活動を続けてきた各国赤十字社との連携をより一層強化し、緊急事態や長期化する紛争に対応していきます。さらにパートナーの各国赤十字・赤新月社の、医療・外科チームなどの緊急派遣の動員を強化していきます。
強力なパートナーシップは、ニーズ対応の向上のみならず、紛争下における各国赤十字・赤新月社の主体性を保つことにもつながると考えます。
ICRCは、女性、子ども、離れ離れになった家族を支援するNGOなどの他機関との連携を継続していきます。また医療に関連する事業には国境なき医師団(MSF)、南スーダンやシリア周辺の難民問題では、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国連世界食糧計画(WFP)、そしてその他の事業で精力的に活動する新たな団体とも協力していきます。
結論
ここ10年、ICRCは幅広い、かつ専門的な取り組みを実施してきました。関係者との繋がり、活動の手順、チームの構成やパートナーとの体制を多様化することで、支援を必要とする人々に届けてくることができました。同時に、職員の危機管理と保護は必要不可欠となります。
2013年の活動資金協力要請額を発表するにあたり、武力紛争やその他暴力を伴う事態によって様々な犠牲を払った何百万人もの人生と、そのような状況におけるICRCの対応に焦点を当ててきました。ここで紹介してきたことは実行に移し、結果を出していくという組織の実績を反映しています。
ICRCは各ドナーからの熱心さと多大なる外交的・経済的支援、そしてICRCの独立性と中立性への信頼に深く感謝します。
ICRCの12,000名の職員は、被害を受ける人々の状況を改善することに日々業務を遂行しています。このことは今後も職員全員の決意、そして基本的理念であり続けます。