赤十字の輪 「赤十字子供の家」をたずねて
日本赤十字社(以下、日赤)が児童養護施設を運営しているのはご存知ですか?
東京の武蔵境にある「赤十字子供の家」には、40名の児童が生活しています。園長の寺田政彦さんに施設の特徴などを伺いました。
設立された背景を教えて下さい。
私たちは、「児童福祉法第41条」に基づいて、家庭環境等により施設での養護が必要とされた子どもたちを預かる児童養護施設です。赤十字子供の家が設立された当初は養護の対象となる児童は保護者のいない戦争孤児が中心でした。しかし現在入所しているのは虐待を受けた児童がほとんどで、保護者がいないことが理由となるケースは2-3年に1名ほどです。
日赤がなぜ児童養護施設を運営しているのですか?
私たちは、日本赤十字社法第35条により、地域のニーズに合わせて社会福祉事業を経営しています。戦後ある民間団体が施設の設立を計画しましたが、資金難で頓挫し、厚労省を通じて日本赤十字社に事業継続の依頼がありました。そこで、「赤十字子供の家」を世田谷区桜丘に開設し、昭和57年に現在の武蔵境に移転しました。
虐待と判断されるのはどのような場合ですか?
虐待には大きく四つあります。一つは身体的暴力、二つ目は言葉の暴力など心理的虐待、三つ目はネグレクトという育児放棄、そして最後が性的虐待です。このうち最も多いのは、身体的虐待です。虐待されている児童数は数年前からかなりの割合で増えており、赤十字子供の家に限らず、児童養護施設に入っている児童の6割が虐待が理由で保護されているといわれています。
環境上養護を必要とする児童とは?
一番多いのが母親の精神疾患です。そのほかの理由としては、両親の離婚や借金があげられます。
保護されている子どもにとって、児童養護施設とはどのような場所ですか?
生活の場です。「養護」とは、保護と養育が合わさってできた言葉で、私たち職員は、子どもたちを保護し、彼らの生活をサポートしています。自分たちは親代わりではなく、子どもたちを支援するという立場にいます。
養護施設による自立支援とは?
児童養護施設の退所年齢は通常18歳です。ただ、そのときに親がきちんと支えてくれる環境にあればいいのですが、現実には難しいのが現状です。ある調査では、親からみて自分の子どもが自立したと感じる年齢は28歳、とありました。私たちは、一般社会の大人からみて、28歳までにできることを18歳でできるよう子どもたちをサポートしなくてはなりません。そこで、相応のことを教えるために、通常、養護施設では自立支援も行っています。
赤十字子供の家では、幼児が入所対象と伺いました。
一般的な児童養護施設の対象年齢は18歳までですが、私たちは2歳から6歳までの子どもを預かっています。これには賛否両論あるかもしれません。設立当初は戦災孤児が多く、幼児の衛生状態が非常に悪かったということもあり、医療面での保護を充実させるために幼児が対象となりました。隣に武蔵野赤十字病院もあり、日赤の本領が発揮できるということもあったと思います。当時は医師が週3日施設に常駐し、薬局も併設していました。
6歳で環境が変わるのは子どもたちにとって負担になりませんか?
その議論はずっとあります。一方、赤十字子供の家の実績が認められてきたのも事実です。病院が隣接し、施設内には看護師が常駐しているので、医療的なケアを必要とする子どもが入所していることが多く、他の施設では受け入れが困難な障がいを持った子どもも多く預かっています。実は障がいをもった幼児が入れる児童養護施設はそう多くはないのです。また、家庭復帰と里親委託にも力を入れています。退所年齢に達した子どもは、5割が家庭復帰、2割が里親委託となっており、これは他の施設よりも高い数字です。今後、病院の立て替えに伴い、施設も改築するため、18歳までの児童を受け入れられるように施設を整備する予定です。
職員は何人いるのですか?
1組と2組それぞれに子どもが7名おり、4名の職員で対応しています。また、さくら組とほし組もあり、子ども6名に対し、職員が3.5名となっています。子どもに対する職員の配置基準は今日本でも問題となっています。国が定める基準では子どもの人数5.5人に対し職員1名ですが、アメリカではその比率が1対1ともいわれています。日本の国の基準と私たちの施設における子ども対職員の比率が合わないと思われるかもしれませんが、幼児加算や東京都支部からの補助などで職員数を補っています。
未就園児はどのように過ごしているのでしょうか?
未就園児(3歳未満)と3歳児は赤十字子供の家で日中過ごしています。3歳児は年少として3年保育で幼稚園に入る年齢ですが、私たちのような施設に入ってくる子どもたちの親は、育児にきちんと向き合っていないケースが多いため、特に言葉の発達が遅い子が多いのです。そのため3歳児までは子供の家で養育し、4歳から2年保育で幼稚園に通わせています。通園している幼稚園は2か所で、それぞれ違った特色を持ちます。
集団で生活をする本園のほかに、分園としてグループホームも開設されていると聞きました。
グループホームとは、一軒家で開設している養護施設です。東京都も国もグループホームを増やすことに力を入れています。子どもの権利条約では、家庭が崩壊した場合、その家庭に代わるものを提供するようにと定められています。これはつまり、養護施設に預けるのではなく、里親を提供することを求められているわけです。しかし、日本では里親委託がなかなか進まないという事情もあり、グループホームやファミリーホームを増やし、より家庭に近い環境で子どもを育てようという方向に向かっています。私たちもグループホームをもう一軒増やしたいと思っています。
ボランティアが活躍できる場があると伺いました。
はい。福祉施設はどこでもそうなのですが、ボランティアの方にご支援を頂かないと成り立たないという側面があります。赤十字の地域奉仕団の方には衣料の縫製をお手伝い頂いています。学生の奉仕団や大学のサークルの方には、毎月遊びに来てもらい、子どもと関わってもらっています。また、行事の際にもお手伝い頂いているので本当に助かっています。職員だけで子どもたち全員を遊園地やプールに連れて行くのは困難なため、学生の方にも同行をお願いしています。特にプールでは、子ども1人に大人が1人つかなくてはなりません。また、8月の終わりに毎年開催している夏祭りでは、縁日の遊びの一部をブースの企画の段階から全てお願いしています。
退所して大きくなった子どもたちとのつながりは?
夏祭りを始めた5、6年前から、高校生や高校を卒業したくらいの子どもたちが遊びに来てくれるようになりました。以前入所していた子どもたちとの関わりは増えてきていると思います。フラッと立ち寄ってくれたり、電話をくれる子どももいるんです。赤十字子供の家と退所した子どもたちのつながりが良好だからこそ、懐かしんで連絡をくれるのかな、とうれしく思います。
次に、職員の村串拓さんと山崎彩子さんにお話を伺いました。
子どもと接する上で心がけていることは?
今TVなどでも注目を集めていることもあり、人々の関心が高まっているのかなとは思いますが、まだまだ児童養護施設の現状は知られていないと思います。世の中が発展してこれだけ豊かになっても、養護を必要とする子どもたちの数は増え続けています。しかしこれは、子どもたちが悪いわけではなく、親にも何かしらの事情があるわけで、絡まった糸を少しずつほぐしながら、子どもたちが社会に向かって生きていく力を養っていければと思っています。
日々の業務で大変だと感じることはありますか?
生きている人と人との関わりのなかでの仕事なので、1+1が2にはならない難しさがあります。昨日声をかけて通じたことが、今日は通じないということもあります。私たち職員がどんなに子どもたちのことを考えて、こうしてあげたいと思っても、子どもたちがいまどういう心理状況にいるのかが分からないとボタンの掛け違いもおきやすいのです。そんなときは職員で相談し合いながら、乗り越える努力をしています。
ここにいる子どもたちはまだ幼児ですが、私たちが想像するよりはるかに色濃い幼児期を送っています。私たちが想像しきれないほどの苦しみを味わい、心に深い傷を負っています。そこをどうにかしてあげようと思うこと自体、おこがましいことなのかもしれません。彼らがこうしたいと思う気持ちを後方支援するような心構えで接することを心がけています。何かを教え導いてあげようということではなく、彼らが自分のこれからの人生を大切に生きていけるよう支援をしていきたいと思っています。
逆に、壮絶な経験をしてきている子どもたちのたくましさや生命力に励まされることも多くあります。少し切なくはなりますが、子どもたちの前を向く力にはすごいものがあり、その力を確実に前に進む力につなげていきたいと思います。
この仕事を続ける原動力は?
私たちは子どもたちの人生において、一関係者にしかなりえない、という現実があります。本当の家族になることはできません。しかし関わっている以上、少しでも子どもたちが生きていてよかったと思えるよう支援していきたいのです。子どもたちの笑顔や、気持ちが通じたかなと感じられたときが、この仕事を続けてきて良かったと思える瞬間です。
同様の施設がほかにも多くありますが、赤十字ならではの特徴はありますか?
どのような環境・状態の子どもが来ても支援をする、困っていたり他では受け入れてもらえない子どもを受け入れるという点は、まさに赤十字の精神の上に成り立っていることだと思います。奉仕や人道の精神は、赤十字子供の家の活動の根源にあると言えるでしょう。