スポリアリッチ総裁が初来日:職員に語った日本の印象、そして組織のあるべき姿
2023年6月13日から15日にかけて、赤十字国際委員会(ICRC)ミリアナ・スポリアリッチ総裁が初来日しました。滞在2日目には、駐日代表部の職員たちが総裁を囲んで昼食を取りながら、さまざまな質問を投げかけました。2022年10月の着任から8カ月を経て、今後の抱負やICRCのあるべき姿などについて率直に語ってくれたその一部をご紹介します。
なぜ総裁になったの?
ICRCの評議会(Assembly:ICRCの運営を担う最高意思決定機関で、選任された15-25名のスイス人から成る)からオファーがありました。それまで、ICRCで働くことなど思ってもみませんでしたが、オファーをきっかけに、組織のことや学生時代に学んだ国際人道法などの国際法を改めて学び直して、ICRCが世界で最も重要な組織の一つであることを再認識しました。夫からも「断る選択肢はないんじゃない?」と後押しされて、引き受ける決心をしました。財政難に直面している中での就任となりましたが、重責をかみしめるとともに、大変光栄に思っています。
今回が初来日?日本の印象は?
はい、初来日です。ICRCの総裁としてアジア諸国を訪れるのも今回が初めてです。赤十字に対して多大な支援と信頼を寄せてくださっている日本に対しては、とても良い印象を抱いています。日本は、世界で有事が起きた際に最初に支援の手を差し伸べてくれる国の一つでもあります。昨年2月にロシア・ウクライナ武力紛争が激化した際にも、10日目には緊急支援金の拠出について議論を始めてくれました。また、金銭的なサポートだけでなく、現地の状況や事態の推移にも関心を持ってくれていることに感謝しています。G7やG20のメンバーとして、また、国連安全保障理事会の非常任理事国として、国際社会で存在感を示す日本には、私たちICRCがまだ十分な対話をできていないアジア地域の国々とをつなぐ役割も担ってほしいと期待しています。
ICRCの総裁としての抱負は?今後のICRCのあるべき姿は?
まずは、組織の財政上の問題に取り組みます。ICRCは活動の範囲や規模を拡大し続けてきましたが、財源が縮小する中、初心に立ち返り、組織を根本から変えて行くことが必要です。そのためにも、組織としての優先事項を見直し、絞って行くことが不可欠です。その優先事項とは、私たちの使命であり、私たちだからこそできること、を指します。つまり、 「現場で人々に寄り添うこと」、「人々に支援を届けること」、そのためにも「人々の元にたどり着けるように働きかけること」です。大変な時期ではありますが、組織を生まれ変わらせる良いチャンスだと考えています。
財政面での問題とは切り離して、中期的な取り組みを断行する決意も必要です。新しいデジタル技術やイノベーションの力を借りて、ICRCの主要な事業を横断的に支える総務や経理、人事機能の効率化や生産性の向上を図って行くことが重要です。例えば、現状のように、経理処理に数週間もかかっていては、事業が赤字に陥っていることが後になって発覚するような事態に繋がりかねません。リアルタイムで行えるように変えていきます。
ICRCで初の女性の総裁として、組織の多様性への取り組みをどう思う?
ICRCは、これまでよりもっと多様性を重んじる組織になる必要があると思います。現状では、重要で責任のあるポジションに就いている女性が十分にはいません。ただ、こうした状況を一夜にして変えることはできないので、人材開発戦略にしっかりと盛り込んで段階的に取り組む必要があります。また、各国の人事が限られた予算の中でこうした取り組みを行って行くのは容易ではないので、経営レベルでの意思決定や支援、後押しが重要です。
一方で、女性も上位の役職に就くためには、子どもや家庭を言い訳にすることなく、転勤も含めてリスクを引き受ける覚悟が大事です。私自身、子連れでの転勤を繰り返してきました。それにより、辛い思いをさせたこともあったかもしれませんが、子どもたちにとっては良い経験になったかなとも思います。また、性別の他にも、国籍や人種、勤続年数に関係のないところで人事を行い、真に多様性のある組織であることが大事だと思います。
スポリアリッチ総裁は訪日中、日本が今年共同議長国を務めるICRCドナー・サポート・グループの年次会合に出席。加えて、政府要人をはじめ、早稲田大学やNEC、JICA、日本赤十字社のトップとも会談しました。また、早稲田大学では、「複雑な安全保障環境における国際人道法」と銘打った講演を行い、メディアのインタビューでは、紛争地の人道支援に欠かせない「中立性の意味」について語りました。
ミリアナ・スポリアリッチ(Mirjana Spoljaric Egger)ICRC総裁
2022年10月1日に、赤十字国際委員会(ICRC)の新総裁に就任。着任以前は、2018年より国連開発計画(UNDP)で事務局長補佐・副管理者を務め、欧州・独立国家共同体(CIS)地域局長も兼務していた。スポリアリッチ総裁はこれまで、スイス外交団の一員として長年にわたり貢献。国連および国際機関の部門において大使や代表職を歴任し、主要な国連部会や会議でスイスの政策と優先事項を取り込むべく尽力した。
また、スイス外務省においても重要課題に取り組む経歴を有し、国連本部のスイス政府代表部の政策チーム責任者および参事官を務めた。2010‐12 年は、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に配属され、シニアアドバイザーとして組織開発や運営改革、対外関係を担当。それ以前は、エジプトのスイス大使館や連邦経済/教育/経済省経済事務局の海外経済総局(国際金融開発機関)に勤務していた。バーゼル大学とジュネーブ大学で、哲学や経済学、国際法を学び、修士号を取得。2004‐06年は非常勤講師として、ルツェルン大学でグローバルガバナンスを教えていた。