武器貿易条約採択10周年:国際社会における武器移転の規制は今なお人道上の緊急課題
2023年4月2日、武器貿易条約の採択から10周年を迎えました。同条約は、アサルトライフルや爆弾、ロケット弾、戦車、戦闘機などの通常兵器の国際貿易において、責任ある武器取引を謳った国際規範です。これは、国際的に取引する際の規制が不十分であることによって引き起こされる人的被害を軽減することが目的です。
赤十字国際委員会(ICRC)国際法・政策・人道外交局長のニルス・メルツァーは、同条約の採択から10年経った今なお残る課題を提示し、同条約のもと国家が果たすべき役割を語ります。
武器貿易条約が採択に至るまでに、ICRCをはじめとした国際赤十字・赤新月運動が果たした役割を誇りに思います。当時の私は、紛争や武力による暴力の影響下にある国々で既に10年以上、フィールド要員や法律顧問として経験を積んでいました。だからこそ、武器、中でも小型武器が広く出回ることで、個人やコミュニティーにもたらされる悲劇を嫌というほど知っています。
ニルス・メルツァーICRC国際法・政策・人道外交局長
採択から10年が経った今なお、武器や弾薬の取引における規制が十分でないため、ICRCの職員たちは紛争や武力による暴力を伴う事態の下でもたらされる幾多の苦悩を日々目の当たりにしています。武器が簡単に手に入れば、国際人道法違反や人権侵害が起こりやすくなります。紛争終結後も、情勢不安をはじめ武力による暴力や性暴力を招きやすくなり、紛争後の和解と回復をも妨げます。
武器貿易条約の採択から10年が経った今なお、武器移転の規制は人道上の緊急課題です。
人道上の恩恵を確実にもたらす武器貿易条約
武器貿易条約は、人間の命と暮らしを守り、円滑な人道支援と、国際人道法と人権の尊重を約束するものです。また、戦争犯罪など国際犯罪を起こす者の手に武器が渡らないよう徹底する役割も果たします。
この10 年の間に、アンドラやガボン、フィリピンなど 113の国や地域が武器貿易条約に署名したことを喜ばしく思います。昨今では、世界の主要な通常兵器の輸出の4割超が武器貿易条約の諸要件の適用対象となります。締約国が自国の規制システムと共に、国際協力や支援を強化し、すべての国が条約に署名するよう提唱するために力を尽くせば、今後数年の間にその成果が現れるものと確信しています。
さまざまな物品が日々輸出入されていますが、武器移転には人の命の犠牲が伴います。武器貿易条約の締約国は、その目的が商取引であれ軍事支援であれ、武器移転の是非の判断は、国際人道法や人権法に則っているかどうかを精査した上で行うことを約束しました。こうした判断は、徹底的な分析に基づいて行わなければなりません。また、条約の諸要件は、政府のトップ幹部を含んだ意思決定プロセスにおいて継続的、客観的、体系的に一貫して満たされていなければなりません。
また、すべての国家は、国際人道法を尊重し、その尊重を徹底する義務を念頭に置いて武器移転の是非を判断しなければなりません。武力紛争の当事者による国際人道法違反を予防し、無くすために、力の及ぶ範囲内で合理的に実現可能なことがあれば何であれ実施すべきです。武力紛争の当事者に武器を供給する国は、戦争に必要な手段を提供するか、しないかを自ら選べるため、紛争による犠牲者を減らす目的でその影響力を行使するよう特別な責任を負っています。
武器を受け渡す相手を入念に見極め、きちんと訓練を受けているかを確認し、実際に誰がどのようにその武器を使用するのかを継続的にモニタリングすることで、人道上のリスクを正しく把握し、軽減することが重要です。
大切なことは、提供した武器が使用されることで国際人道法違反につながるリスクが明白な場合には、国家は武器の提供を控えなければならない、ということです。
国家は“民間人の保護”を最優先に
武器貿易条約の前文にある人道上の目標を達成するには、締約国が安全保障や外交政策、軍事または経済を考慮する前に、民間人を保護することで得られる利益を何よりも優先すべきという要件を満たすことです。実際のところ、輸出された武器が国際人道法や国際人権法の重大な違反行為を実施・助長するために使用される可能性が明らかにある場合、そうした武器が平和と安全に貢献し得るなど到底考えられません。条約の目標である、人々の苦しみを軽減することと、国際社会や地域の平和と安全に貢献することは、相互作用し、補強し合っているのです。
しかし今なお、凄惨極まりない武力紛争の現場に武器は流入し続け、受け入れがたい犠牲を民間人に強いています。以前は組織的な軍隊のみが使用することができた破壊力の高い兵器も、いまでは多様な人々が入手できるようになり、商業的なインセンティブと軍拡競争の復活によって武器の売買は増加傾向にあります。
武器貿易条約や国際人道法にまつわる国家の義務と、武器移転の是非を巡って圧倒的多数の国が下す実際の判断には明らかな乖離があるため、ICRCは繰り返し懸念を表明してきました。国際社会が苦労して勝ち取った成果である武器貿易条約の規範が損なわれ、その有効性と信頼性に疑問の余地が生じないようにするためにも、こうした乖離は解消されなければなりません。
武器貿易条約が最も重要な場面で実効力を発揮するには、武器移転を決断した場合に人道上どのような影響を与えるかについて国家が熟慮し、付随するリスクをより効果的に軽減することが不可欠です。
つまるところ、武器貿易条約が人々の暮らしに良い影響を及ぼすかどうかは、人道上の目的に則って条約が誠実に適用されるかどうかにかかっています。武器貿易条約が世界中で適用・履行されるよう、ICRCは国家やその他の関係者と協力しながら引き続き力を尽くして取り組んで行きます。