現行の紛争と人道支援の課題 ―赤十字国際委員会の見解

お知らせ
2021.06.30

©ICRC

2021年6月23日に開催されたモスクワ国際安全保障会議で、赤十字国際委員会(ICRC)のペーター・マウラー総裁が発表した声明。


高位高官の皆様、ご列席の皆様、

本日、皆様の前でお話できることを嬉しく思います。また、セルゲイ・ショイグ国防相に感謝の意を表します。特にシリアやナゴルノ・カラバフなどに関連して、モスクワやジュネーブなどの首都で行っている定例の対話を通じてICRCとロシア連邦政府との間の交流が深まっていることに感謝申し上げます。

―ICRCは世界100カ国で支援活動に従事し、軍隊や治安部隊、非国家戦闘集団との間で重要な事柄にまつわる対話を続けています。―

約160年前の設立当初から、ICRCは単に緊急援助を提供する以上のことを行ってきました。人道支援は人々が生き延びるために不可欠のものですが、暴力の悪循環を断ち切ることまではできません。

民間人や非戦闘員、元戦闘員を保護するためには、国際人道法がこれまで以上に尊重されるよう、行動を変えることが重要です。

私たちは、人道を第一義とし、中立・公平・独立の原則に基づいて行動します。すべての紛争当事者と信頼関係を築き、最も弱い立場に置かれたコミュニティーの人々に寄り添うことを目的とします。

また、負傷者や被拘束者の治療、兵士などの遺体の尊厳ある帰還をはじめ、人々の生命と尊厳を守るための活動を行っています。ジュネーブ諸条約などの紛争下における武力行使を規定する枠組みに基づき、各国政府から与えられた権限に基づいて活動しています。

今日の紛争をみてみると、紛争当事者の細分化や拡散、戦争の民営化、入手可能な武器の拡散、武力紛争をもしのぐ極めて犯罪性の高い暴力など、複雑で相互に関連した様々な要因が絡み合い、私たちに挑戦を突きつけています。

暴力の悪循環は、紛争を長引かせ、何十年にもわたって国を危機に陥れます。

―イラクにおけるICRCの活動は、今年で40年を迎えました。イエメンでは60年以上、アフガニスタンでは33年にわたって活動を続けています。―

延々と続く戦争は、戦闘による直接的な被害や、インフラなど社会システムの破壊により、とてつもない規模の人道ニーズを生み出しています。

私たちは、武力紛争およびその他暴力の伴う事態によって大量の避難民が発生し、凄まじい数の人々が戦闘の犠牲になり希望を持てない、といった時代に生きています。暴力は社会を弱体化させ、人々が気候変動やコロナ禍など様々な問題の影響を受けやすくします。

今日は、人道上の問題を引き起こしている4つの要因をここに明らかにし、一致団結してそれらの対応に取り組むよう呼びかけます。

1つ目に、世界の都市化に伴い、紛争も都市化したことで、新たな問題が発生しています。

人口密度の高い地域で戦闘が発生すれば、社会システムやコミュニティー全体が弱体化します。さらに、制限なき戦闘に暴力、貧困、コロナ禍、制裁、悪政などが相まって、人々を追い込みます。

2つ目に、今日の戦闘が単独で行われることはありません。むしろ、今日の戦闘を大きく特徴づけているのは、国家と武装集団の間で様々な形で築かれている支援関係です。

―今日、戦闘が単独で行われることはありません。―

新たな同盟が結ばれるたびに、人々の苦しみを増大させ、時には軽減させる可能性を秘めたつながりが生まれるのです。

ICRCはすべての当事者に対して、どんなことをしてでも戦争に勝つためではなく、むしろ民間人を保護するために、軍事行動での連携による影響力を活かす方法を十分に見極めるよう呼びかけます。私たちは、こうした事柄について軍隊と対話を重ねて行く用意ができています。

3つ目に、ICRCは、現在のニーズに対応する一方で、将来起こり得る問題にも目を向けています。

テクノロジーの進歩により、新しい武器や戦闘の形態が誕生し、それが新たな人道上の懸念を生み出しています。例えば、昨年はコロナ禍において、医療や電力システムへのサイバー攻撃が発生し、民間インフラに深刻な危機をもたらしました。

また、自律型兵器による無差別な被害が、重大な倫理的問題を生む可能性についても懸念しています。

4つ目に、世界的なコロナ禍が、紛争に重なり新たな課題を突き付けています。問題は保健医療や経済にとどまらず、安全保障に携わる当事者の頭痛の種となっています。

司法の概念は大きく進化を遂げ、軍隊やその他安全保障に関わる者たちが行う検疫や医療提供支援、国境管理など、公衆衛生にまつわる対応はますます増えています。

国内において、自分たちにあまり馴染みのない司法の枠組みのもとで軍事行動に出ることは、軍隊にとっては難題です。

そこで、軍隊がこの複雑な状況を乗り切れるよう支援するために、ICRCは不必要または不均衡な武力行使を避ける義務を掲げるなど、法に則り法を執行する上で役立つ手引書を発行しました。

高位高官の皆様、以上の4つの要因は、人道団体にとっても軍隊にとっても同様に問題となるものです。ICRCは、国際人道法の専門知識に加えて、現場での活動経験から得た視点を共有し、皆様と協力していきたいと考えています。

国際人道法は、軍事上の必要性と人道上の要請とのバランスをとる上で、強力な指針となります。国際人道法は、軍隊や国家、ICRCが共に取り組み慣習法を成文化したものであり、時間をかけて検証されたものです。

国際人道法は、武力紛争における正当な手段としての武力の行使を認めています。また、武力行使の指針となるルールを提示し、軍事行動が確実に法に則って行われるようにすることで、人道上の被害を低減します。国際人道法は、軍事教育のドクトリンや訓練、計画、作戦に組み込まれなければなりません。

―軍隊も自分たちの軍事行動を明確に定義する必要があります。―

国際人道法に関して言えば、例外主義を適用したり、取引を行ったり、武力紛争の範囲をうやむやにするような物言いをしたりすることを容認すべきではありません。

ご列席の皆様、ICRCは現在も、そして将来も、皆様にとって信頼でき、奇をてらわないパートナーであり続けます。私たちのアプローチは双方向であり、皆様から共有いただく経験や視点も重要視しています。

私たちは、世界110カ国以上の軍隊や警察と関わり、昨年は465の非国家武装集団と対話を行いました。司令官との非公開の二者間対話を通じて、軍事行動に関する見解を共有し、その計画と実施において法が遵守されるよう推し進めています。

また、元軍人や元警察官など70名以上の専門家によるサポートのもと、紛争現場で得た法律上および活動上の豊富な専門知識を提供しています。

私たちは対話をする中で、指揮官用ハンドブックやツール、国際人道法にまつわる革新的な学習方法(例:バーチャルリアリティーを用いた研修)など、実践的な資材を活用しています。

高位高官の皆様、今日の紛争においては、武力を行使する組織との実践的かつ実際的な協力に基づく平和で強固な対話こそが、法や原則の尊重をより徹底させるうえで役に立つと私は信じています。

今回のモスクワ国際安全保障会議のような議論の場で、私たちは価値ある議論を続けていきます。また、今回は著名なパネリストの方々からお話を伺えることを楽しみにしています。