国際人道法(IHL)模擬裁判アジア・大洋州大会 準優勝の東京大学チームにインタビュー

お知らせ
2021.06.08

東京大学チーム。左から、ティモシー・マシーさん、金原芽以さん、キハラハント愛先生、クリス・クレイトンさん。©ICRC

国際人道法(IHL)模擬裁判とは

国際人道法を、机上の学問としてのみでなく、武力紛争の現場で実際に適用されるルールとして、より多くの学生に理解を深めてもらうことを目的とした大会です。出場チームは、武力紛争下の事象にまつわる設定問題を受けて入念に準備し、大会本番では国際法一般、特にIHLの知識を駆使しながら、検察側と弁護側に分かれて弁論を闘わせます。

IHL模擬裁判の国内予選は、ICRC駐日代表部主催で2010年に始まりました。11回目となった今年は、東京大学チームが国内予選を突破し、香港で行われるアジア大洋州を対象とした本選(以下:本選と表記)に出場。見事、準優勝という結果を残しました。日本代表チームが本選の決勝ラウンドに進出したのは今回が初めてのことです。また、今年は同大会始まって以来、初のオンライン開催となりました。

ICRC駐日代表部は、本選で準優勝したチームを構成する、東京大学教養学部2年生のクリス・クレイトンさん、ティモシー・マシーさん、金原芽以さんの3名と、チームの顧問で東京大学大学院「人間の安全保障」プログラム所属のキハラハント愛先生にインタビューしました。

Q. この大会に出場しようと思ったきっかけを教えてください。

金原さん:もともと国際関係という広い分野に関心がありました。この大会のことを聞いたときに、自分の理論的な知識を実践的なかたちで使えることに興味がわき、参加を決めました。

ティモシーさん:私に関しては、ただ負けず嫌いなんです。この大会のことを聞き、これは授業で学んだことを実践し、他の法学生と自分を比べる最高の機会だと思いました。

クリスさん:私は、自分自身に挑戦したいと思ったからです。他の2人もそうですが、このような大会への参加は初めてのことだったので、自分を追い込んで、限界を広げたいと思って参加しました。

Q. 模擬裁判に向けて、どれくらいの頻度で練習しましたか?

クリスさん:練習は大会が近づくにつれて増えました。でも大学のテスト期間が、書面(※)を提出する1カ月前にあり大変でしたね。弁論に関しては、だいたい週2、3回練習しました。

金原さん:ZOOMなどを利用して、いつでも練習できました。オンラインなので、夜でもみんなが集まりやすかったのは良かったですね。

ティモシーさん:大会の直前には、基本的にほぼ毎日2,3時間は顔を合わせて、準備していました。

クリスさん:個人での練習もたくさんしました。個人的には大会前の2週間は、毎日判例を読んだり特定のテーマについて調べたりと、何もしない日はありませんでした。万全の準備をしておきたかったんです。

(※)模擬裁判は、メモリアル(書面)と口頭弁論によって争われます。 メモリアルとは、裁判に先立ち、原告・被告側がそれぞれの主張をまとめて提出する書類を指します。

Q. チームで練習するうえでの難しさは何かありましたか?

ティモシーさん:私が一番難しいと感じたのは、何を見て、どんな資料を読めばいいのかといった、「知っておくべきこと」を見つけ出すことですね。

クリスさん:そうですね、正しい判例を探すことは、本当に困難が伴いました。まだ現実の世界では係争中であったり議論されていない領域もあったりするので、自分の主張を裏付けるようなものを探すのに苦労しました。

金原さん:検察側と弁護側の両方を準備する必要があったことですね。まず一方に強力な論拠を見つけたら、次に反対側の立場からその主張への正確な反論を考えます。時には1つのテーマに何時間も費やしたり、本当に終わりがなくて、最後の大会までずっと調べ続けていました。でも、とてもやりがいがありましたね。

ティモシーさん:本当に文字通り、大会の30秒前とかにいい考えが思いついたりしたよね。

クリスさん:最高の考えは大会の前にやってくる、っていうね。

Q. メンタル面も鍛えたりしましたか?

金原さん:特に、何カ月も同じ人と1つのことに取り組む場合は、チームワークがとても重要だと思っています。大会前は毎日のように顔を合わせていたので、退屈に感じたり、空気が張り詰めたりしてもおかしくありませんでしたが、合間を縫って食事に行ったり、リラックスしたり、笑い合うことができたので大丈夫でした。お互いにコミュニケーションをとることも大事ですね。

ティモシーさん:精神的な健康だけでなく、身体的な健康も重要です。国内予選ではあまり寝られなかったんです。なので香港本選では、リサーチャーである私が夜に作業して、2人が休息をとって、本番に備えていました。

金原さん:そうだね、ティムには本当に感謝しています。チームメイトがお互いの弱みを知っているというのは良いことです。ティムは私たちの弱点を補ってくれました。このような大会では、自分のことだけではなく、チームメイトのことを知ることが大事ですね。

Q. 大会期間中印象的だったことや、国内予選と香港本選の違いなどはありましたか?

ティモシーさん:香港での本選で、検察側と弁護側のどちらか一方に偏ることのない、本当にバランスの取れた内容だったことが印象的ですね。勝敗は自分たちのスキルと知識にかかっていました。

クリスさん:私にとって印象的だったのは他のチームの質です。全てのチームがそれぞれ強みを持っていました。準決勝で対戦したいくつかのチームは、法律に関する知識が豊富で、質問に非常に明確に答えていたのが印象的でした。違いに関しては、本選の方が特に国際人道法について考えされられたことですね、私たちには皮肉にも国際刑事法についてよく調べていたので、国際人道法に関しては少し準備不足だった気がします。

金原さん:勝ち進むと、口頭弁論を何度も練習することになるので、決勝までに十分な準備ができました。でも予選と本選を比較すると、明らかに質問の種類がはるかに難しく、常に知らないことの発見の連続でしたね。本選は、基礎的な知識に対する期待が非常に高かったので、より難しいと感じました。

インタビューに答える東京大学チーム。©ICRC

Q. ほかの参加者を見て、今後の自分たちの参考にしたいと思うことはありましたか?

ティモシーさん:私はリサーチャーだったので、他のチームの弁論に耳を傾けていました。その中で、自分が知らない判例があったら、調べて自分たちのチームでも使えるようにしていました。それらは、戦略を立てるうえでの参考にもなりました。スピーチの準備では、相手が何を言うかを見極めて、それに対して事前の反論を準備しました。だから、相手のことをよく知って学ぶ必要があったし、確実に相手から学んでいましたね。

クリスさん:最初の口頭弁論で対戦したチームがとても丁寧な話し方をしていて、すごいと思ったんです。それからは、対戦相手や裁判官に対してもっと礼儀正しく接するようにしました。 他のチームのことも同じように参考にしながら、良いなと思ったものを取り入れていきました。他には、法律の知識という点で他のチームのレベルの高さを実感しました。もしもう1度参加するなら、絶対に法律の基礎知識を深めることに徹底的に時間を割くと思います。

Q. 将来や、将来のキャリアについてどのように考えていますか?

金原さん:今回の経験を通して、国際関係だけではなくて国際法に対する興味がより強まりました。分野は幅広いですが、何年も情熱をもてる分野だと考えています。今回の実践的な経験は、特に私たちのような人生のステージにいる人にとっては、とても重要なことだと思います。その領域に実際に入ってみないと、わからないことがありますからね。

ティモシーさん:この経験によって国際人道法と国際刑事法により興味を持ちました。まだこの分野が私のキャリアになるかはわかりませんが、この方向で勉強を続けることは間違いないです。他の大会にも出場してみたいですね。

クリスさん:国際人道法が基本的に何に基づいているかというと、人道の原則のようなもので、弱い立場にある人を守るためのものだと思っています。将来についてはまだよくわからないですが、この大会での経験は、私がこれから何をするにしても、人々を助け、特に弱い立場にある人々を守るために貢献したい、という確固たる信念につながりました。

Q. この大会に出場を決める前は、ICRCについてどの程度知っていましたか?

金原さん:本当に正直に言うと、国際人道法に関するキハラハント愛先生の授業を受ける以前は、この分野について勉強したことがありませんでした。でも、大会に参加することで知識を深め、根本的な部分から勉強できたことは良かったです。ICRCの活動内容を知った時はとても魅力的に感じました。

クリスさん:私はオーストラリア出身で、地元の赤十字社が運営する服のリサイクルショップがあったり、ホームレスの人々を助けていたりするのを知っていたので、人道に関連することが赤十字の活動の一部なんだろうなと思っていました。

ティモシーさん:私はインドネシア出身で、クリスと同じような感じですね。ICRCというと、地元の赤十字社と一緒に自然災害で被害を受けた人々を助けるというイメージがありました。でも、授業を受けて、ICRCが紛争などの人道分野にも大きな役割を果たしていることを知りました。

金原さん:これは、私たちが育ってきた環境が、特権的なものであることを示していると思います。私たちは、朝起きて一番に、攻撃されるかどうか心配するような環境に育っていません。実際に体験したわけではありませんが、全く異なる世界があることを理解し、このような経験ができたことは、私にとって本当に意味のあることでした。

Q. この大会に参加したいと考えている学生に、アドバイスやコメントをお願いします。

クリスさん:できる限り言葉や専門用語の定義を知り、判例を知ることです。法律の世界では、言葉は特定の意味を持つので、その言葉の意味の理解に時間をかけることです。特に私たちのように完全に法の初心者であれば、もしわからない言葉をほったらかして進むと、後に響きます。判例や訴訟手続きを読むのはとても大変ですが、きちんとやれば自信を持って大会に臨めます。でも一番伝えたいメッセージは、楽しんでほしい、ということです。チームで楽しんでほしい。お互いにサポートし合う良いチームだったから結果を出せたのだと思います。

ティモシーさん:私のアドバイスは、準備を早く始めることです。それと、もしまだ少しでも疑問を感じたり、問題を理解したという100%の自信がないのであれば、まだまだやるべきことがあるということです。私たちも書面を書いたときには、何が問題なのか完全には理解できていませんでしたが、準備をしているうちに、理解が非常に明確になりました。

金原さん:私は、良いチャンスが目の前にあるとそこに飛び込んでいくタイプの人間で、モットーは“しない後悔より、した後の後悔”です。この大会は、人生の中で最高の経験のひとつになりました。私のアドバイスは、今まで自分が辿ってきた過程を信じること、そして、しっかり準備をすること。もし何かに全力を尽くすのであれば、軽い気持ちではなく、必ず最後までやりとげること。何かに興味を持っているなら、やってみたらいいと思います。できることは必ずあります。

ティモシーさん:実践的なアドバイスとしては、問題を実際に書き出してみるということです。問題には、名前と日付がたくさん出てきます。そんな時は図にしてタイムラインを描き、これは最初の日、ここではこういうことが起こったという風にすると、どれくらいの期間、どれくらいの頻度で何かが起こったのか、わかりやすくなりました。可視化するということは非常に有効ですね。

金原さん:もうひとつは、複雑なケースを扱っている時には、分解して考えてみましょう、ということです。例えば、全体像を10秒ほど俯瞰してみて、いくつか図面を描き、頭の中で整理してみてください。物事を複雑にしすぎないようにすることも大事だと思います。あと、弁論者として、大会の基本的な部分は裁判官の質問に答えることができるかどうか、だと思います。裁判官は簡単に話をそらし、ルートから逸脱させようとするので、弁論に柔軟性を持たせ、自分の主張を熟知しておくことが重要です。裁判官はそれをテストしていますからね。私が強調したいのは、裁判官と意見が違うことを恐れないでほしい、ということです。もし自分のスタンスを把握しているのであれば、弁論者として、何でも言う権利があると思います。もちろん、丁寧な言い方で。

クリスさん:本当にそうだね。私たちがここまで勝ち残った大きな理由の一つは、裁判官との対話に順応できたからだと思います。自分たちの弁論が全てではなく、いかにして自分たちが望むように会話を進めることができるかを考えました。私からのアドバイスとしては、恐れずに、回答に少しポイントを加え、深みを持たせて、質問について本当に考えている、という姿勢を示すことです。

Q. キハラハント愛先生にお聞きします。準優勝するまでに至ったこれまでの努力と道のりを教えてください。

私が力を入れたのは、最初のうちはわかりやすい方法で、興味を持ってもらうことでした。好奇心のボタンを押す感じですね。ですが、授業自体は必修ではないので、私が楽しいからやる、というスタンスでした。生徒に楽しんでもらうためには、私が楽しんでいなければ意味がありませんから。そのうち、興味を持ってくれて、3人はチームを作っていました。私は3人が練習をリードできると確信していたので、練習を強制することはなかったです。私の大会ではなく、学生たちの大会ですからね。困ったときはサポートしていました。

3人も言っていましたが、チームワークが勝利への鍵であったことは間違いありません。また、チームプレーヤーの一員として、一緒にやっていくことも重要ですね。あとは、その分野に興味を持つことも大事だと思います。勝つことにしか関心がなく、内容に興味を持っていなければ、やっぱり一歩踏み込んだ準備ができません。チームワークと興味、これがこの3人を勝利に導いたのではないでしょうか。

Q. コロナ禍で、今までと違ったことは何かありましたか?

間違いなく技術的なことですね。直接会うことはあまりなかったです。新しいチームの場合、チームを作るのが難しいのですが、3人はお互いのことがよくわかっていたので大丈夫でしたね。金原さんが言っていたように、夜にZOOMで会うのは簡単でした。顔を出さなくてもいいし、集まりやすかったですね。使えるツールは全て使ったと思います。

Q. 優勝するために必要なこと、優勝したチームとの違いは何だったと思いますか?

私は、優勝したチームとこの3人のチームは、能力的にも強さ的にも非常に似ていると思います。どちらも非常に素晴らしいチームだった。例えば、裁判官との対話や裁判官から質問された際に、もし及び腰だったり怒っていたら態度に出てしまいますが、どちらのチームも質問を喜んで受け、実際に考え、提案もしていました。

必要なことは、スピーチの練習ですかね。人前で話すのが上手になるためには、練習をたくさんすることです。自分の主張を論理的な順序で説明して理解してもらえるように、自分でも内容をきちんと理解すること。練習をたくさんすれば、途中で止められたり、途中で裁判官に質問されたとしても、その質問と答えを活用して、自分の主張の次のポイントに移れたり、質問を補足したりするのに役立つと思います。

もう一つは、クリエイティブな議論を試みることです。3人はたくさん創造的な考えを持っていました。ああ、この考えはちょっとダメかも、と思うこともありましたが、みんなで挑戦してみました。クリエイティブであること、既成概念にとらわれないこと、思いつく限りのあらゆるツールを使ってみることが大切だと思います。ウェブサイトで調べるだけではなく、時には教科書に立ち返ることも必要です。問題に夢中になっていると、忘れてしまうことがあるんですよね。だから、うまくいっていないようであれば、ここを読んでみるといいよと言ったりしてましたね。でも、楽しんでやることが一番だと思います。