駐日ICRC軍事顧問に聞く「どんな仕事をしているの?」 ~軍隊でのキャリアを活かして世界の“人道的利益”のために
赤十字国際委員会(ICRC)駐日代表部に拠点を置き、アジア大洋州を管轄する軍事顧問、キャサリン・スチュワートをインタビューしました。
Q1. これまでの経歴とICRCでのキャリアは?
初めまして、オーストラリア出身のキャシー・スチュワートです。17歳の時にオーストラリア軍に入隊し、33年もの間勤務しました。軍では、エンジニアとして、無線機やコンピューターを使い、通信関係の仕事をしていました。
33年間で、異なる4つの任務に参加し、リーダーシップや、国籍の違う多種多様な人々との付き合い方など多くのスキルを学び、とてもプロフェッショナルで熱心な仲間に恵まれました。その経験は、ICRCでの仕事にも活かされています。
私は今、紛争下の民間人を救うことを目的に、とても意欲的で献身的、そしてやる気に満ちたチームと働いています。現在は、アジア大洋州を管轄する軍事顧問として日本に拠点を置いています。軍隊や警察、非国家武装組織など、武器を扱う個人や組織と対話をすることが、私の仕事です。
Q2. ICRCに入ったのは2019年とのこと。きっかけは何だったのですか?
軍で働いていた時は、熱意もあったし、それなりのキャリアも築き上げました。でも、「何かほかのこともしてみたい」という思いがずっと心の中にあったんです。2012年頃に中東に配属された際、当地でICRCの活動を目の当たりにして決心しました。今まで軍で培ってきたスキルを活かして、何か新しい挑戦ができるのではないか。紛争や暴力に巻き込まれた人たちが苦しみを乗り越えられるように手助けができるのではないか。そう思ったんです。
Q3. 軍事顧問という仕事について、詳しく教えてください。
私の仕事は、紛争下の民間人に影響を与え得る、軍隊、警察、非国家武装組織といった、武器を扱う個人や団体と対話をすることです。ICRCの軍事顧問は、たいていが軍隊や警察の出身者なので、対話相手とは、同様の経験に基づいた「共通の言葉」で話をすることができます。そうした対話は、紛争下にいる民間人を保護し、支援するというICRCの使命に欠かせない、非常に大切なものです。戦時のルールである国際人道法を尊重するように訴えたり、軍事上の要求と人道ニーズを照らし合わせて、現場にいる民間人にとって最良の結果を導くよう活動しています。
Q4. 自身の任務で、何が一番重要だと考えていますか?
最も重要なのは、相手の話をきちんと聞くことだと思います。武器を扱う人たちの行動に影響を与え、紛争に巻き込まれた人たちの生活を守るためには、相手の話をしっかり聞いて、彼らの立場でものを考え、理解する必要があります。話を聞く姿勢をこちらが示すことで、ICRCの話にも耳を傾けてくれ、民間人のニーズに目を向けるようになるんです。それに、人道法への理解、尊重も促すことにもなります。人間の命と生活を脅かす紛争の影響を最小限に抑えるために、私たちは全力を注いでいます。
Q5. そうした対話は難しくないのですか?
一番乗り越えなければならないのは、人道法の解釈の違いだけではなく、彼らが持つ、私たちとは完全に違う視点です。紛争には、それぞれに「敵」が存在します。全ての紛争当事者は、自分たちが正しく、敵が悪だと思っているんです。一方で、中立・公平・独立を掲げて人道支援を行うICRCは、善悪は別にして、民間人がどのような影響を受けているのか、という一点だけ見据えて活動します。この視点の違いを超えるためには、相手の考えを理解することに加えて、批判的な印象を与えないように気を付けながら彼らの行為に懸念を示すことや、ICRCの考えを根気強く説明することが大切です。そして、私たちの考え方を理解してもらい、話を聞いてもらうことがとても重要となるのです。
Q6. 相手がICRCの視点を理解しようとしない場合もありますよね?
その時は、さらに高いレベル、より上の立場の人に問題提起します。紛争地で人道法に反している、もしくは民間人が被害を受けているのではという懸念を抱くような出来事が発生した場合、対話のプロセスとしてまずは懸念事項を伝え、協議することを試みます。相手が話を聞いてくれないのであれば、指揮系統をさかのぼって上司にアプローチします。軍隊や警察には必ず指揮系統があるので、より高いレベルに話をもっていくのです。人道法の根幹を成すジュネーブ諸条約に加入している国には、人道法を遵守する義務があります。私たちが実際にやっていることは、その義務を思い出してもらうことなのです。対話を、適切なレベルに引き上げることができれば、彼らも自分たちの義務について理解し、民間人を巻き込まないように何かしらの手を打つでしょう。
対話の上で重要なのは、互いが有益な結果を得るようにする、という点です。彼らは、「今の状況を良くしたい」など、彼らなりの正義があって戦っているので、ICRCは戦いの正当性や合法性は問わずに、民間人を巻き込まないよう説いています。このように、双方が物事を良い方向に持っていこうとしているのですから、お互いにとってのメリットや努力できることを一緒に考えていきます。その過程を通して、私たちのことも理解してもらえるんです。武器を持っているからといって、彼らは決して「モンスター」ではないですし、民間人の生活を壊してやろうと思っているわけでもありません。ただ、軍事的な目的を達成すればそれでいいのです。ですから、私たちはICRCの目的を達成するために、彼らの心に響くような論点を探す必要があるのです。
Q7. 日本は幸い紛争下にありませんが、軍事顧問として日本でどんな役割があるのでしょうか?
そうですね、日本にとって戦争は過去の出来事で、現在は非常に安定した国です。しかし、近隣諸国の動向やそれらの国との関係において平和が保障されているわけではありません。私の主な仕事は、日本の自衛隊や、政策の立案者、影響力のある方たちと話をすることです。
誰も戦争は望んでいませんが、万が一紛争や戦争が起こった場合には一定のルールがある、ということを、日本のような国にも理解してもらう必要があります。戦闘行為による民間人への影響を最小限に抑えるためには、どんな国であれ国軍による事前準備は欠かせません。人道法の中身を軍に完全に理解してもらい、軍事作戦の際に取るべき基本的手順や交戦時のルールなど国内の規範に、国際人道法の要素を組み込むことが必要なのです。さらに、日本はアジア大洋州地域で存在感を発揮していて、ほかの国に影響を与え得る国です。なので、現在の情勢をどのように改善できるのかや、支援をどうやって実施するかなど、人道外交についても日本と話し合いの場を設けています。
Q8. オーストラリア軍では人道法に則って行動する立場、ICRCでは人道法を守るよう説く立場ですよね。全く反対の立場に置かれてどうですか?
実は、この二つは完全に相反するわけではないんです。目的が違いますが、どちらも何かに「奉仕」していることに違いはありません。軍隊は自国と国益のために奉仕していますが、ICRCは世界の人道的利益のために奉仕しています。私が軍で国益を守りながら行ったことは、平和維持活動や地域活動で、現場の人々の状況や生活を改善するために力を貸すことでした。ICRCでは同じことを、より世界的な規模、純粋に人道的な立場から行っています。また、ICRCでは、人道的観点に重きをおいていますが、軍にいたときはミッションを達成するために、軍事的な必要性を重視することもありました。奉仕活動ということに変わりはありませんが、今は、紛争の被害を受ける全ての民間人に、世界的に支援しようというより広い観点から活動する立場となりました。
Q9. イスラエル/パレスチナ自治区に赴任していた時のお話を聞かせてください。
とても興味深いミッションでした。一度目はオーストラリア軍にいた2000年で、国連平和維持軍に参加して、紛争の背景にある歴史を学び、理解を深めました。2019年にはICRC職員として現地に戻り、イスラエル国防軍やパレスチナの治安部隊、ハマスなどの非国家武装組織と関わりました。私たちが彼の地でやろうとしていることは、さまざま々な組織と対話して、現地住民、特に占領下にいるパレスチナ人の状況を改善し、生活と尊厳を守ることです。そして、影響力を持つ人たちに、現在も続く紛争が住民の生活に与えている影響を理解してもらおうと活動しています。しかし、2021年の5月に戦闘が再燃したように、非常に厳しい状況にあります。残念ながら、紛争の解決など政治的議論はICRCが関与するところではありません。先ほども話したように、赤十字は、人々が生きていくうえで必要な支援を受けられるようにすることです。
受入れたくない事実ですが、紛争は起こるものです。そして、それを阻止することはICRCの任務ではありません。私たちがすべきことは、紛争が起きているという現実を受け入れ、紛争によってより弱い立場に置かれている民間人や罪のない人々を助けるために、できる限りのことをすることです。もちろん、私としては、世界で紛争が起こらないことを願っています。残念ながら、私個人が紛争防止のために力を発揮することはできません。私はこの仕事を通して、世界中の人に、紛争の際には誰もが守らなければならない国際人道法という戦時のルールがあることを知ってほしいのです。
Q10. 軍隊は往々にして男性社会ですが、これまで関わってきてどうでしたか?
社会ではさまざまな場面で、男性に偏った傾向があることは否定できません。しかし、今は変わってきていると感じています。重要なのは、多様な仕事をする能力が女性にあることを示すことだと思います。私の場合は、軍隊でのいろいろな仕事で『初の女性』の一人でした。昔は女性を採用しなかったのです。女性が入隊して男性と同じ訓練を受けられるようになったのは1980年代以降のことで、オーストラリア軍では2000年代に入ってから、全ての任務が女性に対しても開放されました。一昔前は、女性に対する偏見や固定観念があったのも事実ですが、今、自分の仕事をしっかりやることで、そうした固定観念を少しでも取り払うことができると思っています。またICRCは、女性があらゆる職種に就くことを積極的に支援しています。
女性は人口の半分を占めていますし、軍隊を含むほとんどの組織は、異なる視点を持てる多様性の尊重と利点を理解してきています。女性を雇用しないという文化や、あるいはもっと古い考え方を持っている国もまだありますが、女性を取り巻く環境は徐々に変化していて、活躍する女性の数も増えてきています。今後が楽しみですね。
Q11. 日本で達成したいこと、日本に期待することは何ですか?
可能な限り自衛隊との交流を図りたいです。自衛隊の演習にも参加しています。国際人道法を自衛隊の訓練や教育に組み込んでもらい、今後軍事作戦を行う場合があるとしたら、その際に人道法を徹底的に遵守してもらえるよう、一緒に取り組んでいきたいと思っています。というのも、人道法をただ知っているだけでは、その実践方法や、特定の状況下での対処法の実践にはつながりません。目まぐるしく変わる状況の中、十分な情報に基づいた軍事的判断ができるように備える必要があります。ほかにも、他国の良い実践方法を伝授したり、逆に自衛隊から優れた方法について教えてもらったりすることで、みんなにとってためになる発見ができるでしょう。これは、紛争下にいる民間人を助けることにつながります。
Q12. 最後に、日本に赴任して、この国の印象を教えてください。
日本には、今回初めて来ました。信じられないほどきれいで、よく整備されていて、静かでモダンな国ですね。来る前の想像をはるかに超えています。日本人はとても親切で、積極的に私に話しかけてくれます。それに、電車も素晴らしい!街中にたくさんのレストランやスーパー、コンビニがあって、公共交通機関も非常に発達しているのでとても便利で住みやすいです。ただ、部屋はとっても素敵なんですが、オーストラリアで育ったので、部屋のサイズに慣れるまで時間がかかりましたね(笑)。オーストラリアと全く違う環境ですが、日本に来ることができて本当に嬉しいですし、大都市東京の暮らしも楽しいです。
残念なことにコロナ禍でまだ国内旅行ができていないので、今後は日本中を旅して、日本にある美しい場所を見て回りたいですね。ハイキングが好きなので、山や密林、島など自然の多い場所に行けたら最高です。あとは、私が育った西洋の文化とは異なる、日本の文化についてもっとよく知りたいです。今まで、オーストラリア、パパニューギニア、アメリカ、ドイツ、イギリス、イスラエル、レバノン、ヨルダン、クウェート、ソロモン諸島などに住んだことがありますが、アジアで生活するのは初めてなんです。日本は長い歴史と独自の文化をもっているので、今までにない経験ができるんじゃないかとワクワクしています。