インタビュー記事:戦傷外科とは?現場でどんな仕事をしているの?

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2022.11.02

©ICRC



ICRCの戦傷外科チームの責任者として2021年に着任した、トム・ポトカー。国際NGOや大学など、さまざまな組織で30年近く人道支援に携わってきました。これまでの経歴やICRCの現場での活動、戦傷外科チームの責任者としての役割や求められる資質について聞きました。


Q. はじめに、これまでの経歴について簡単に教えてください

1988年に医師免許を取得後、国境なき医師団のスタッフとして働き始めましたのが、私の人道支援における最初のキャリアです。カンボジアや、ボスニア、タジキスタン、ルワンダ、イラクなど多くの国に出向きました。国境なき医師団以外にも、インターバーンズという国際的なネットワークを自ら立ち上げたり、大学の教員、世界保健機関(WHO)、Medical Aid for PalestiansというイギリスのNGOの職員として、火傷治療や火傷予防に関するトレーニングの実施、研究など、これまでさまざまな活動を行ってきました。

Q. そもそもなぜ人道支援の世界で、医者になろうと思ったのですか?

実は、幼い頃の夢は獣医だったんです。ただ、70年代はじめ頃、テレビでベトナムのボートピープルを支援する番組を観たことをきっかけに変わりました。世界にはたくさんの苦しみがある、自分にも何かできないか、そう考えるようになりました。私は幼い頃から頻繁に海外に行っていたので、そこで経験したことと支援したいという思いがリンクしたのだと思います。

最初は、大学の医学部を卒業した後に何をすれば良いのかさっぱり分からず、とりあえず救急医療や麻酔を専門とする仕事に就きました。その後、国境なき医師団のタジキスタンでの医療コーディネーターの職を見つけ、人道支援分野でのキャリアをスタートさせました。ただ、コーディネーターとしての任務よりは、外傷や戦傷外科手術などに興味があったので、より治療に携わる仕事がしたいという思いが強くなり、その後は現場において医師としてのキャリアを積むようになりました。

Q. ICRCに興味を持つようになったきっかけは?

ICRCの仕事は多くの現場で見てきましたし、実際に一緒に働いたこともあったんです。そのとき私が働いていた組織はまだ設立から日が浅かったので、できることは何でもする、という感じで活動していたのですが、ICRCは設立から150年以上の歴史があり、組織としての知識や経験、安定性があるなという印象を抱いていました。そのような背景もあり、スイス・ジュネーブにある赤十字の博物館には何度も訪問し、離散家族の再会支援や被拘束者の訪問、国際人道法の普及などさまざまな活動が長期にわたり行われてきたことを学びました。国際人道法の誕生、公平・中立・独立の概念がICRCから始まったこと、そして国際人道法の守護者として、多岐にわたる支援活動を行っているのにも感心しました。

Q.現在はICRCの戦傷外科チームの責任者として、どのような仕事をしているのでしょうか

役割は非常に多岐にわたります。というのも、この20年もの間に世の中の状況は大きく変化を遂げているためです。個人的には、通信技術やデジタル化、人間の移動など、この20年は以前にも増して早く変化しているように思います。これらの変化に伴い、紛争の性質や医療へのアクセス、負傷事例も複雑になってきました。例えば、現在、私たちが診る患者の大半は四肢の損傷を抱えていて、しかもかなり複雑な状態であることが多くなっています。これも変化のうちの一つで、そうした事例に対応できるよう、組織やスタッフの知識、技術を適応させることも戦傷外科チームの責任者には求められます。

具体的に言えば、将来どのようなニーズが必要になってくるのか、状況を見極め、計画を立てることです。特に、採用や人材計画は重要になってきます。人事部門と協力し、新しいスタッフの採用、スタッフの派遣準備、派遣中のサポート、トラブル対応、トレーニングの実施などは戦傷外科チーム責任者の役割の一つです。例えば、医療チームは毎週定例会議を実施し、外科プログラムや症例について共有する場を設けています。整形外科や火傷治療などは私の専門分野なので、ときには臨床的なアドバイスやサポートも提供します。

同時に、自身の研究課題にも取り組んでいます。人道支援組織で研究を行うことは簡単ではありませんし、必須ではありませんが、私個人としては比重を置いています。
また、今回の来日目的は、日本赤十字社主催のワークショップへの参加ですが、そうした勉強会や会議などに出席し、現場で直面する課題について多くの人と意見交換すること、活動について啓発を行うことも大事な役割の一つです。

Q. ICRCの支援現場において、何か気づきはありますか?

将来的な計画やトレーニング内容を検討する立場上、現場に行き、何が起きているのかを自分の目で確認することはとても大切なことだと思います。というのも、同じアフリカでも、コンゴ民主共和国とマリ共和国では全く状況は異なりますし、南スーダン国内でさえも東部のアコボと首都のジュバでは、実施しているプログラム、支援ニーズが違います。

2021年にICRCで働き始めて以来、いくつかの現場に出向きました。そこで感じたことは、2つあります。1つ目は、現場にいるスタッフの技術や能力を向上させるべく、トレーニングの必要性を改めて痛感しました。これは優先課題です。例えば、日本などの病院では、複雑な外傷は整形外科や形成外科の専門家が担当しています。しかし、紛争国での人道支援において、異なる分野にそれぞれの専門家を配置することは不可能です。そうなると、複雑骨折や、筋肉・皮膚に損傷が見られる患者を専門外のスタッフが診ることになります。限られたリソースを使って治療をするのです。合併症を回避するため、どうやったら切断せずに外科治療ができるかなど、教育やトレーニングを通じて幅広い分野に対応できるような人材を確保する必要があります。これは私が南スーダンの現場で実際に体験したことなのですが、ある日、後頭部を銃で撃たれた女性が運ばれてきてました。骨の一部がむき出しになっていて、脳まで届く大きな穴が開いていました。女性は適切に処置されなければ、危うい状態でした。しかし、形成外科の分野から判断すると、南スーダンの地方の病院でも十分手術は可能で、やるべきことは至って単純でした。私は形成外科医として手術を行い、彼女は1週間後に無事退院しました。このように、知識や技術があれば、対応できる範囲が広がります。私はこの経験を通じて、トレーニングや教育の重要性を再認識しました。

2つ目の気づきは、ICRCのチームの素晴らしさです。医療スタッフだけでなく、さまざまなスタッフが厳しい環境下で一丸となって働いていました。現場の一員として働くには、医師や看護師、コーディネーターでさえも高いコミュニケーション能力が求められます。適切な人材を確保することがとても重要だと感じました。

Q. ICRCの外科医や国際要員には、どのような資質が求められますか?

さまざまな側面から見る必要があると思いますが、ここでは2つ言及させてください。1つは、基本をしっかり身に付け、新しい知識や技術を吸収できる柔軟性を持つことです。看護師や外科医など医療分野で働く人は、緊急手術や複雑な手術における手順や管理方法などの基本はきちんと押さえて、あわよくば産科についての知識があれば、それに越したことはありませんね。現場では、緊急の産科医療に携わることもあるので、未知の技術を身に付ける用意も重要です。

知識や技術と同じくらい大事なのが、人間性です。私は「ノンテクニカルスキル」、「ヒューマンファクター」と呼んでいます。ICRCだけでなく、どのような組織でも、技術的な質よりも、コミュニケーションが苦手だったり、チームワークが上手くいかなかったりと、ソフトスキルに起因する問題が多いのが実情です。なので、ICRCの中でもノンテクニカルスキルに関するトレーニングには力を入れています。ある人がコミュニケーションに問題がある場合や、ガイドラインやポリシーに従わなかった場合にはどのように対処すべきか、といったようなことです。紛争地域ではストレスを感じやすく、常に緊張の中に置かれているため、事前に自分の頭の中でよく考えて、それがチームやみんなにとって正しいことなのかどうか、判断できるようになることが重要ですからね。