駐日代表メッセージ ジョルディ・ライク

2022.08.01

©ICRC

日本の皆さん、こんにちは。2022年8月に駐日代表に着任した、ジョルディ・ライクです。

私は、2015年と2020年に日本を訪れたことがあります。その時、非常に感銘を受けました。日本人が高度に発達した社会で暮らしていることや、寛容で、勤勉で、技術力やプロ意識が高いことを知ったからです。

その一方で、戦争や数多くの大きな自然災害も日本人は経験しています。だからこそ、世界で起きている紛争に加えて、気候変動の影響などによって弱い立場に置かれた人々に共鳴できることが数多くあるのではと思っています。私は、来日してすぐ、原爆投下から77周年の記念式典に出席するため、広島と長崎を訪れた時に、その思いをさらに強くしました。日本は、ICRCに対して資金提供だけでなく、人材面でも貢献してくれています。多くの日本人がICRCの職員として世界の現場に赴き、専門知識や技術をいかんなく発揮してくれています。これからも、さまざまな形でICRCへの関心を継続していただき、支援していただけると嬉しいです。

これまでの経歴

もともとは自然が好きで、大学と大学院では、遺伝学を中心に動物学を専攻し、動物の研究者としてキャリアをスタートさせました。1986年に国境なき医師団(MSF)で働き始め、母国スペインの支部をはじめ、世界各地で働く中でICRCとの出会いがありました。収容施設の訪問を含む「保護」や「国際人道法」を掲げたICRCの使命に大変興味を持ちました。それから、ロンドン大学東洋アフリカ学院に進み、国際関係や外交、国際法を学び、1998年にICRCに入りました。当時は、とにかく「保護」の仕事に興味があり、希望職種を聞かれた時は、第1志望から第3志望まですべて「保護」と書いたほどです。

以来、初任地のアフガニスタンで保護要員として働いたのを皮切りに、アンゴラやタジキスタン、リベリア、エルサレム、レバノン、スーダン、コロンビア、ソマリア、メキシコで主に管理職として仕事をしてきました。私は、24年間、本部で働くことはなく、現場一筋を貫いてきました。

ソマリアの現地コミュニティーと支援ニーズについて相談するライク(2016)©ICRC

ICRCの現場で起きていること

前任地メキシコ~都市型暴力という課題

メキシコ代表部は、メキシコの他、中米のホンジュラスやエルサルバドル、グアテマラ、ニカラグアなどにオフィスを構えて活発に活動を行っています。こうした国々は、紛争下にはなくとも暴力が蔓延していて、紛争下にある多くの国々と同じような人道危機を抱えています。

例えば、死傷者の数。武器で命を落とす人の数が年間36,000人に上るメキシコをはじめ、犠牲者の数で言えば、紛争下よりも深刻な数に及ぶ場合もあります。また、診療所や学校は破壊され、人々は避難を余儀なくされています。「もはや紛争だ」と言う人もいるほどです。ですが、国や一般からの援助は、テレビなどで話題になる紛争に集まりがちで、こうした国々で支援を行うために必要な資金を集めることは、常に困難を伴います。

コロンビア首席代表時代~政府とFARCの歴史的な和平合意への貢献

ICRCが行っている活動は、食料の配付などの緊急支援に留まりません。コロンビアで私は、政府と国内最大の左翼武装組織「コロンビア革命軍」(FARC)の和平プロセスに携わり、「中立的な仲介者」として50年にわたる紛争を終結に導くお手伝いをする機会を得ました。ICRCの同僚たちが、長きにわたり紛争下にあったコロンビアで人道的使命を全うし、認知されてきたことから、当事者の双方から「協力してほしい」と声がかかったのです。

リスクの高いこの任務は、FARCの代表者たちをジャングルの隠れ家から連れ出して、コロンビアからキューバへと送り届け、中立が保たれる場所で政府との会談を実現する、というロジ支援から始まりました。それ以前には、FARCのICRCに対する誤解を解く必要もありました。幾度となく話し合いを重ねて、最後に言われた言葉は、「地球上だけでなく、火星までの道のりを探しても、この仕事ができる唯一の組織はICRCだけだと確信した」でした。この時のことは、今でも忘れられません。当事者同士で行うべき和平交渉には、ICRCは一切入りません。私たちがしたことは、人道関連の取り決めが最終合意に盛り込まれるよう、アドバイザーとしての立場からの支援でした。

この時のことは、「The Negotiators(交渉人たち)」というスペインのドキュメンタリー映画で取り上げられています。英語やスペイン語で年内に公開される予定で、ICRCの活動の重要な側面を知ってもらうきっかけになればと願います。

ICRCコロンビア首席代表として、メディアの取材に応じるライク(2012)©ICRC

紛争の現場でいかに問題を克服するか

私たちは世界各地の現場で、さまざまな対外的な課題に直面しています。例えば、安全上や地理的な事情から、支援が必要な人のもとにアクセスするのが困難な場合があります。また、現場での治安状況が世界各地で悪化し続けていて、人道支援従事者の身の安全をいかに確保し続けるかも大きなチャレンジです。物流面でも乗り越えなければならない問題があります。例えば、スーダンで食料を配付するにも、貨物船の他、時にはヘリコプターを使って現地に届ける必要があるなど、簡単ではありません。

組織内部においては、さまざまな国や民族、言語、宗教、信条のメンバーから成る多様なチームをまとめ上げる必要があります。増員や異動など職員の出入りも頻繁なので、チーム一丸となって紛争下で効率よく機能させるには工夫が必要です。とはいえ、私自身は、これを課題と捉えるよりはむしろICRCで働くことの醍醐味だと感じていますが。

こうした問題を克服するために必要なのは、スーパーヒーローになることでは決してありません。むしろ、「何もかも自分でできる訳ではない」と思える謙虚さです。「困っている人を助けたい」との思いで集まった同僚たちが、独自の専門性や能力、スキルを発揮し、チームとして最善を尽くせることが何より大事です。私自身も、自分だけで決めるのではなく、常にチームメンバーの意見に耳を傾けることを心がけています。

24年のキャリアで忘れられない出来事

心に残っているのは、何とかやり遂げた大規模プロジェクトなどではなく、個人的でささやかな出来事ばかりです。例えば、リベリアの紛争下で避難する最中に家族と離ればなれになった子どもを探し出せた時のことです。ICRCは、子どもがたとえ一人だけであったとしても、その子どものために飛行機を飛ばして家族のもとに送り届けるんです。アフガニスタンでは、行方不明とされていた男性を刑務所で見つけたこともありました。息子が亡くなったと思って絶望していた父親にそのことを伝えると、泣き崩れました。この時も、その父親ただ1人のために、遠く離れた刑務所までの交通手段や面会の手配を行い、息子との再会に導きました。こうして、家族再会の喜びの瞬間に立ち会えたことは、何物にも代えがたい思い出です。

スーダンの社会福祉省と障がい者支援で覚書を締結(2011)©ICRC

人道問題が尽きない中でのICRCの役割

ICRCにとって最も重要な役割は、創設以来159年間続けてきた、「現場の人々に寄り添い続けること」だと思います。グローバル化やデジタル化などにより、支援の形も変わってきました。もちろん、Twitterの投稿やドローンの映像などの新しい技術で現場を知れたら便利ですが、現地の状況を把握して、どんな支援が必要なのかを判断するには、やはり現場に出向いて、自分の目で見て話を聞くことが大切だと思います。自身が直接触れ合い、現場の状況を目の当たりにすることで、爆撃された町や避難民キャンプで実際何が起きているのかを世界に伝えるのも、私たちの重要な役割です。

ICRCがモットーとしているのは、NIIHA(Neutral, Impartial and Independent Humanitarian Action: 中立・公平・独立した人道的な活動)です。誰の側にもつかないからこそ、ICRCは世界各地で受け入れられ、現場で人々に寄り添い続けることができるのです。

日本での抱負、やってみたいこと

幸いなことに、日本は紛争下にないので私たちの支援は必要ありません。一方で、ICRCの活動は、日本をはじめ、主に各国政府の善意と援助のおかげで成り立っています。そこで、日本政府や日本赤十字社などさまざまな関係者と対話を通じて良好な関係を築き、ウクライナだけでなく、アフリカや中南米など世界の紛争地の人々の状況を知ってもらい、支援を求めることが重要です。戦時の決まりごとである「国際人道法」の普及も、日本での私たちの大切な役割です。

駐日代表部は、こうした活動をこれまで一貫して行ってきました。私の任期は一年ですが、この一年で日本の同僚たちがさらに良い仕事をできるよう、私のICRCでの経験を通じて教えられることはすべて教え、また実際に現場に足を運んで、自分で見て経験する機会を持てるよう促したいと考えています。

プライベートでは、大好きな和食や、興味がある相撲の観戦を含めて、何でも体験したいですね。私は、もともとは動物学者で、写真も好きなので、前回の来日時同様、北海道の釧路に鶴を再び見に行って、自然も体験したいです。あとは、破産しそうなくらいアマゾンでたくさん漫画を買って読んでいるので、日本の漫画文化にもなじみたいですね。ただ、私の唯一の悩みは、週末に妻とレストランに行くとき、看板やメニューが読めないことです。それ以外は日本を満喫していて、毎日外を歩くだけでも楽しいです。観光地に行かなくても、日本人の日常や街の様子など、その国のことを知れるのは外国で暮らす醍醐味ですね。

ICRC駐日代表部にて©ICRC


ジョルディ・ライク

赤十字国際委員会(ICRC)駐日代表

Jordi Raich

Head of Delegation in Japan,
International Committee of the Red Cross (ICRC)

人道支援の分野に30年以上携わり、武力紛争、疫病、飢饉など多様な危機を抱える現場において、プロジェクトマネージャーや研究者、コンサルタントとして辣腕を振るってきた。

1998年にICRCに入り、初任地のアフガニスタンで保護要員として活動。その後、アンゴラ(2000-2001)やタジキスタン(2002-2003)などで地域代表部/事務所を率いたほか、リベリア代表部では副代表(2003-2004)を務めた。

以降は、エルサレム(2004-2006)、レバノン(2007-2008)、スーダン(2009-2011)、コロンビア(2011-2014)、ソマリア(2015-2017)で代表職に就き、豊富な管理職経験を有する。

駐日代表に任命される以前は、2018年3月から2022年3月までの4年間、ICRCメキシコ地域代表部で首席代表を務め、同国を拠点として中米やキューバを管轄。移民や都市型暴力に端を発する人道問題に取り組んだ。

スペイン・バルセロナ出身
1963年生まれ