コロナ禍で学んだ知恵を活かし、弱者を生む仕組みの見直しを

お知らせ
2021.05.28

©ICRC

「武力紛争下における民間人の保護」に関して、国連安全保障理事会の公開討論で赤十字国際委員会(ICRC)ペーター・マウラー総裁が発表した声明。

議長、そしてお集まりの皆様、本日はスピーチの機会を与えていただきありがとうございます。また、この公開討論を召集した議長国中国にも感謝申し上げます。

前回、公開討論の場で「民間人の保護」についてお話して以降、紛争やコロナ禍、経済の悪化、不平等の拡大、気候変動などさまざまな問題が重なり、世界中で弱者の置かれている状況が悪化しました。

紛争地域では、政治やイデオロギー、民族、宗教、犯罪など複数の動機が相まって暴力の応酬がとどまることを知らず、国際人道法の違反が繰り返され、民間人を保護するうえで非常な困難が伴いました。

社会全般の問題として解決が厄介なのは、武器を持って戦うグループの増加と分断や、戦場を職場とする民間の軍事および警備会社による戦争の民営化、入手可能な武器の拡散、都市部での暴力などがあります。

1つの国家の中で、国と非国家武装グループが繰り広げる戦闘や暴力は、さまざまな場所で拡大しているコミュニティー間の暴力の応酬と相まって、よりいっそう複雑さを増しています。

こうした事情が、個人のみならず地域コミュニティーが直面するリスクや障壁を高めています。女性や子ども、障がい者、マイノリティ、高齢者など、これまでなかなか前面に出ることのなかった人々が最も大きな打撃を受け、疎外されるケースが増えています。

ICRCは先日、コロナ禍が、戦争と疾病の二重苦を抱えるコミュニティーのシステムにどういった影響を与えているのかを調査し、包括的な報告書を公開しました。本日は、民間人の保護にまつわる深刻かつ複合的な問題が浮上してきていることを踏まえ、調査から明らかになった問題に焦点を当てて話をしたいと思います。

コロナ禍が、単に健康上の危機だけではないことは、誰もが実感しているところです。民間人の保護の必要性がこれまで以上に増し、さらに新たな懸念も生じています。

  • 「子どもたちへの影響」が見て取れます。家族は離ればなれになり、学校が閉鎖され、日常的な医療や予防接種が受けられていません。
  • 「移民や難民、国内避難民への影響」も見て取れます。公共の医療や社会保護制度の恩恵にあずかることができず、国境で締め出され、亡命する法的権利が認められていません。
  • 「被拘束者への影響」も生じています。司法手続きを含め、適正な法的手続きが行われないことで生命の保証や希望が奪われた状態に置かれています。また、慢性的に資金不足で過密な収容施設では命取りになる病気が急速に蔓延しています。
  • そして、愛する人を亡くし、悲しむ「遺族への影響」です。緊急事態下で命を落とした人の尊厳を守ることが重要です。また、精神衛生上の危機が世界中で見られ、紛争下で行方不明になった人の家族はひっそりと嘆き悲しんでいます。

皆様、かつてこれほど堅固な保健医療システムが必要とされる時代はあったでしょうか。それにもかかわらず、皮肉なことに、医療は攻撃を受けているのです。

医療への攻撃が戦争犯罪であることを強調した国連安全保障理事会の決議採択から5年が経ちますが、ICRCが把握している限りでは、紛争下にある40カ国において医療への攻撃は減っていません。国際人道法が守られていないことで、医療の提供は依然妨げられているのです。また、医療施設に対するサイバー攻撃も増加しています。

国連決議2286号に則って、医療従事者や医療施設を保護する取り組みが十分に行われていないのは明らかです。

病院を爆撃しても罪に問われなかったり、傷病者が必要もなく命を落としたり、予防策が取られないまま病気が蔓延したり、特権階級だけが命を救うワクチンの恩恵を受けたりするような状況を許してはなりません。

世界的な危機に直面している今、変化が切実に求められています。一致団結して行動し、社会の中で最も弱い立場に置かれている人々に手を差し伸べることが、かつてないほど重要になってきています。

紛争当事国の振舞いを根本的に変える必要があります。政治面での連帯や、基本的なインフラや事業への投資、民間人の保護の強化、また、人道活動への実質的かつ幅広い支援が必要です。

国連安全保障理事会の理事国は、こうした問題に迅速に取り組む必要があります。安全保障理事会での決定、または決定の欠如次第で、世界中に甚大かつ壊滅的な人道上の被害がもたらされることを私たちは目の当たりにしてきました。

本日は、私たちICRCが考える、民間人の保護強化に有効な5つの呼びかけを行いたいと思います。

1、紛争当事者と、紛争当事者に対して影響力を持つすべての者は、国際法を尊重し、民間人を保護しなければなりません。

国際人道法の尊重は必須にもかかわらず、コロナ禍を語るうえで忘れられています。

コロナ禍では、国際人道法の違反が社会に及ぼす悪影響が明らかになりました。医療システムや必要不可欠なサービスの破壊は大量の避難民を生み、人々の将来的な打撃に耐える力を制限します。

また、支援を必要としている人々のもとに、人道関係者が迅速に、かつ妨害されることなく駆けつけることができるよう求めます。中立で公平な人道団体が国内法や国際的な法準則を尊重しなければならない一方で、国家は人道団体の活動のために便宜を図る義務があります。主権や安全保障などの曖昧な言葉を持ち出して妨害してはならないのです。

2、国家が決議2286号の完全な履行を最優先し、医療を保護するための具体的な措置を講じるよう求めます。

本決議を支持する国は、率先垂範を示し、対策を実施すべきです。例えば、民間人の保護に関する国際的な枠組みを具体策に落とし込むための政策を立案することや、軍事作戦に協力する場合も含めて、紛争下で医療を保護するための軍事ドクトリンを策定し、実践することなど、です。

3、安全保障理事会理事国は、より決然と行動し、自分たちの振舞いを改善して、国際人道法が尊重されるよう、自らの特別な立場を生かして同盟国やパートナー国、そして代理戦争を行う国に影響力を行使することを期待します。

理事国が他国を非難し続け、このまま自国や同盟国、代理戦争を行う国に対する批判的な論評に耳を貸さなければ、国際人道法の尊重が強化されることはないでしょう。国際人道法の遵守を促進するためには、自国の軍事行動を精査し、他国との関係に影響力を行使することが重要です。

今日、戦争が単独で行われることはまずありません。理事国は、武器移転や訓練、装備、助言、支援、諜報活動における連携、能力開発、情報交換、後方支援などさまざまな形で、直接または間接的に世界各地の軍事作戦に関与しています。まさにそこで、国際人道法への違反がみられることがあるのです。

ここで申し上げたいのは、自国の振舞いを改善し、他国への影響力を活かすことで、いかに国際人道法の尊重が促進されるか、そしてその成果として、戦闘に参加していない民間人などの保護につながるのだということが、ほとんど考慮されていないということです。ICRCは、最近行った研究調査の結果をまとめた報告書「同盟国、パートナー国、代理戦争を行う国」の中で、こうした状況下でいかに違反のリスクを最小限にとどめ、民間人保護に最大限つなげていくかについて、戦略的に検討するための枠組みを提案しました。

私たちは、より良い成果を得るためには、二国間か多国間か、また水面下か外交ルートを介してか、を問わず、いかなる形ででも協力する準備ができています。

4、各国が、現地の対応能力に投資するとともに、危機下だけでなくその前後においても、コミュニティーへの関与と信頼関係の構築を最優先事項として取り組むよう呼びかけます。

コロナ禍で私たちは、各国政府が実施している対策に対してコミュニティーが不信感を抱く危機的状況を見てきました。また、誤った情報やニセ情報、噂などが急速に広まり、その結果、医療従事者や救急隊員が暴力を振るわれることもありました。

包括的対応も必要です。国内においても国家間でも、ワクチンや医薬品への公平なアクセスが確保されるなければなりません。例えば、非国家武装グループの支配地域で暮らす人々なども含めて、誰一人として排除されることがないようにする必要があるのです。それは倫理的な責任を果たすため、コロナ禍に打ち勝つためだけでなく、今回の危機で明らかになった、システムにおける弱点が固定化するのを防ぐためにも重要なことです。

5、各国が保健や水、衛生に関する事業を強化するとともに、国際人道法のルールに従って、これらの事業を常に保護するよう求めます。

必要不可欠なサービスが十分でなかったために、新型コロナウイルス感染症の蔓延が加速したかもしれません。ですが、逆を言えば、よほど緊急を要する状況下では、インフラが復旧し、対応能力が回復することで多くの人が救われる、とICRCはみています。

紛争地で必要不可欠なサービスを強化するためには、技術だけでなく、政治面からの支援が求められます。今年4月に行われた安全保障理事会では、すべての紛争当事者が民間のインフラを保護することを求める決議2573号が、議長国ベトナムのもと全理事国(15カ国)によって支持されたことを喜ばしく思います。この決議が全会一致で採択されたことを祝し、その完全なる履行を求めます。

ICRCは、すべての紛争当事者に対し、人口の密集する地域において、無差別に被害をもたらす可能性が高く、広範囲に影響を与える爆発性兵器の使用を避けるよう、引き続き呼びかけます。こうした兵器の使用から民間人をより強力に保護するための政治宣言の採択に向けて、外交が進められていることを強く支持します。

皆様、

強い政治的意志があれば、コロナ禍で学んだ知恵や先進的なアイデアをもとに、弱者を生む仕組みと対峙する、持続性のある政策を生み出すことができるでしょう。

そうした知恵の一つとして、亡命希望者や難民、移民、国内避難民が社会のセーフティネットや社会保護制度を利用できるようになったケースがあります。

また、刑務所の過密状態を緩和するために、収監以外で対処するケースを増やしたり、テクノロジーを利用して被拘束者が家族と連絡を取れるようにしたりした例もあります。

私たちにできることはたくさんありますが、その成果の多くは、政治的支援があるかどうかで左右されます。

ICRCは、今後とも各国に専門知識と助言を提供し、関与していきます。

ありがとうございました。