紛争下の行方不明者に関する初の国連安保理決議
「明らかに必要なのは、より強い政治的意思と(国家間の)協力です。」
2019年6月、米国ニューヨークの国連本部で、紛争下の行方不明者に関する安保理決議案の採択が行われました。赤十字国際委員会(ICRC)のペーター・マウラー総裁はスイス・ジュネーブからビデオ通話で参加し、改めてこの問題が人道上重要であることを強調しました。今回採択された決議第2474号は、安保理決議として初めて紛争時における行方不明者に焦点を当てたもので、国際人道法における、行方不明者に関する情報の収集や提供、家族との再会など、国際人道法上の国家の義務を確認するものです。
“Maurer told the Security Council by video from Geneva that what is ‘crystal clear’ today is the need for ‘stronger political will and cooperation’ by parties to conflicts.”
The #UNSC approved its 1st ever res. on missing persons in conflict. Read more: https://t.co/8oT0GLHD6u
— ICRC at the UN in NY ? (@ICRC_NYC) 2019年6月12日
行方不明者とは?
「行方不明者」という用語に統一された定義はないものの、ICRCは創設当初から紛争時における行方不明者の問題に取り組んできた組織として、以下のように定義しています。「家族にその消息が知られていない個人、および/または、確かな情報筋の報告によって、国際的/非国際的武力紛争やその他暴力の伴う状況、もしくは中立かつ独立した団体の介入が必要になるような状況が原因で行方不明となった事実が明らかになった個人を指す。これには災害や、移民・移住にまつわる失踪も含まれる。」
紛争が勃発すると、さまざまな理由で人々の消息は絶たれます。戦闘などを避けて避難するうちに家族とはぐれ、そのまま連絡手段が途絶えてしまった老若男女。政府軍や武装グループの兵士も、戦闘中に行方が分からなくなったり、亡くなった後の身元確認が不可能だったり、ひどい場合は戦地に遺体が放置されたままだったりもします。そして、何らかの理由によって拘束・誘拐され、そのまま消息がわからなくなってしまう人もいます。愛する人と連絡が取れなくなったり、家族の消息が分からなくなってしまうことは、残念ながら紛争時には非常に多くの人に起こり得る出来事です。
問題の大きさ
これらは、世界中で見られる現象です。例えば、レバノンでは約1万7千、西バルカン諸国では3万5千人以上、スリランカでは1万6千以上が行方不明者として登録されています。シリアでの紛争でも、登録者はすでに1万を超えました。
これは過去の問題ではなく、今日まで続く複雑で広範囲に及ぶ問題です。世界規模で行方不明者の追跡調査を行うICRCの中央追跡局[1]では、2018年の間に新たに4万5千以上が行方不明者として登録されました。多くの場合、各国の政府当局やICRCによって登録される数は実際の行方不明者の数よりも少ないのが実情です。紛争の影響により、世界中でどれほどの人が行方不明になったのか、正確な数は誰にも分かりません。紛争当事者は国際人道法上の義務に従って、行方不明となる事態を阻止し、行方不明者に関する適切な調査と情報提供を行う必要があります。また、既に亡くなっている場合、遺体は尊厳をもって埋葬されなければなりません。
家族の安否がわからないままの生活
家族や親族、愛する人の消息が分からない、無事かどうかも分からない、という状態は、帰りを待ち続ける家族に大きな苦しみと困難を与えます。もしかしたら一生届くことがないかもしれない安否の知らせを、長い間待ち続けることになるからです。父親や息子といった一家の大黒柱を失えば、残された家族は経済的にも大きな影響を受けます。行方不明者の安否を明らかにすることは、離れ離れになってしまった家族の再会を可能にするだけでなく、再会が叶わない場合でも、不安な状況にあった家族の心理的負担を軽減し、愛する人を失った悲しみに一種の幕引きをひくことにつながります。そこから、また新しい一歩を踏み出すきっかけにもなりうるのです。
知る権利
全ての行方不明者の家族には、消息を絶った身内や愛する人の安否を知る権利があります。それは、国際人道法や国際人権法が保障する権利です。ICRCは1863年の創設当初から、紛争時に人々が消息を絶つことのないようさまざまな取り組み[2]を行うとともに、離ればなれになってしまった家族の追跡調査や連絡の回復、再会を支援しています。また、法医学専門家とともに各国で行方不明者の安否調査に協力するほか、戦闘が激しい地域では関係当局とともに遺体の回収や記録、身元確認も行なっています。
人道的観点から、ICRCは行方不明者に関する問題が国家間の政治的な交渉や駆け引きに利用されることなく、迅速かつ適切に対応されることを求めます。
ICRCは、新たな安保理決議第2474号により、この問題への理解が深まるとともに、家族と離ればなれになった人や行方不明者の家族への支援が拡充されることを望んでいます。
[1] 第一次・第二次世界大戦時に、捕虜の権利と捕虜に関する情報を得る家族の権利を守った捕虜中央情報局の機能を引き継ぎ1960年に設置。行方不明者を発見するために様々な調査活動を調整し、捕虜やその他の被拘束者に関する情報を伝え、移送や本国への送還を準備し、メッセージを伝えて家族との再会を手助けする
[2] 身元確認を容易にするため、戦闘行為に参加している人はすべて記章をつけることを推奨したり、捕虜を訪問して連絡手段を提供したり記録を残すなどしている