平和への100のステップ:初めの一歩は人道を掲げて

国際人道法
2024.08.15

©ICRC

2023年9月7日に中国の蘇州大学に招かれたミリアナ・スポリアリッチICRC総裁の講演より抜粋。

今私たちは地球規模で複合的な課題を抱える時代に生きており、互いがいかに深く結びついているかを実感しています。人びとは国境を越えて繋がり、コミュニケーションをとり、連帯することができる、かつてない能力を備えた世代に突入しました。同時に、私たちすべてが現在直面している気候変動という課題の方向性に大きな影響を与える世代でもあります。

昨今、前例のない速さで情報は拡散され、AIは飛躍的に進歩しています。他方で、国家間の緊張が高まりを見せ、各国は相互依存関係を維持しながらも、自分たちにとって重要な利益を損なうかもしれないといった脅威を感じています。

世界中の国はいつの時代も、協力と競争の間でバランスをとってきました。国益や影響力を追い求めるのは自然なことであり、歴史を振り返れば、現状維持やライバルを抑圧する目的で、平和の名の下に軍事力を誇示してきました。

そこで、私たちがそうした展開をどう受け止めるのか、ということも重要になってきます。国家間の相互依存関係が繁栄を助長するのか、あるいは、そうした競争が武力紛争の引き金となるか。それは、私たちを取り巻く出来事と同じくらい、世界の指導者やメディアがそれらの出来事をどのように説明し、受け止めるかにも左右されるのです。独自の解釈で語られた物語は、いずれ独りよがりな方向へと物事を導き、気付いたら紛争が勃発しているという事態を招きかねません。

現在、世界には100を超える武力紛争が展開されています。しかし、どれも決して避けられなかったわけではありません。平和を実現する状況を作り出すことは、国家の最も重要な責任のひとつです。公の場において戦争の可能性が気軽に何度も語られる不安な時代にあって、ICRCは武力紛争の被害者を保護し支援する組織として、平和のために声を上げる責任があります。

ICRCは、武力紛争について語ることができます。現場で働く何千人もの同僚は、武力を伴う暴力が人類にどのような結果をもたらすのかを知っているのです。同僚たちは毎日、暴力が戦闘員や民間人の間に背筋の凍るような犠牲を生み出しているのを目の当たりにしています。家族や住まいを失った人を助け、重傷を負った人を治療し、拷問やレイプが起こらないよう闘っています。武力紛争が子どもや幼少期にどのような影響を引き起こすかを知っています。世界中で、国家や非国家主体、GPS誘導兵器や手製の爆弾による暴力を見てきたのです。

ICRCの職員はたいてい、決定的な勝利であれ交渉の末の和平であれ、武力紛争が近いうちに終息するとは思っておらず、それを承知のうえで活動しています。新たに勃発した武力紛争は例外なく長引き、一世代以上にわたって開発を妨げ、資源を枯渇させるなどの影響を及ぼす可能性が高いと私たちは見ています。

武力紛争は定期的な出来事で、一生に一度は経験する出来事だ、という見方は間違っています。過去160年の間、ICRCは、その非道さを忘れるほど長い間、戦争から解放されたことはありません。だからこそ、武力紛争そのものと、そこから生じる悪を嫌悪しているのです。そして、世界中で想像を超えるほど多くの武力紛争が続いている中で、私が声を上げざるを得ないのは当然のことです。

国際赤十字・赤新月運動の活動指針である7原則のひとつ、「人道」の原則は、相互理解や友情、協力、そして人類の恒久的な平和を促進するよう、私たちを導いています。

本日は、平和に関連してICRCと国際人道法が果たす役割についてお話しいたします。

ある特定の武力紛争について言及したり、それらを解決に導く役割をICRCが負っているということを示唆するつもりもありません。私たちが掲げる中立性は、常に守られなければなりません。中立であることで、保護を必要とするすべての人に、その人がどちらの側にいるかにかかわらず寄り添うことが可能となるからです。

国際人道法が謳う“中立”と“公平”の有効性を踏まえて、私はICRCと国際人道法が平和に貢献するための手段を3つ強調したいと思います。国家および非国家武装集団に対して、現在進行形の武力紛争を終わらせ、将来武力紛争が勃発することを防ぐ取り組みの一環として、是非活用してもらいたいと思います。

一つ目は、中立的な仲介者であるICRCの役割です。競争関係にある当事者間の対話を維持することは、さまざまなレベルにおいて非常に重要です。暴力の高まりを鎮め、誤った戦略を回避するため、そして最も重要なのは、武力紛争が勃発した場合に、その代償を最小限にし、平和を取り戻す手段を確保するためのカギとなるのです。

ICRCは、対話をするためのチャンネルを創出し、維持する手助けをします。そうすることで、平和が脅かされている場合には、当事者がその維持に向けて重要な第一歩を踏み出すことができ、また、武力紛争が既に勃発してしまった場合でも、敵対行為からの離脱を支援することができます。

当時者間の対話を実現するためには、ICRCの中立性がカギとなります。中立であることで、関連するすべての当事者から、ICRCの純粋な人道的役割に対する信頼が確保できます。

国家や武装集団が私たちの存在や役割を知り、信頼してもらうことで、これまでさまざまなイニシアチブが実現してきました:和平交渉に出席する指導者に対して安全な移動経路を提供、被拘束者の帰還、家族と離ればなれだった人びとが前線を越える際に同行して再会へと導くこと、戦場における地雷除去作業に付き添い任務遂行の手助けをすること、停戦や被拘束者の同時解放、戦闘地域および包囲地域からの避難が実施される際のメッセージの伝達、そして行方不明者の情報の共有などがその一部です。

ICRCの中立的な仲介者としての役割は、そうした特定の任務遂行を可能とするだけではなく、公平と独立を掲げて対話をすることで、紛争当事者間で直接話をする意思や能力を持ち得ない場合に信頼を醸成することに繋がります。ICRCの存在は、純粋に人道的な問題に関する当事者間の対話を促し、実現へと導くことで、コミュニケーションの完全崩壊を未然に防ぐことができます。交渉をおこなった人物は最近、私たちにこう話してくれました:平和を実現するには100歩のステップがあり、まずは人道を掲げて踏み出すこと。

二つ目は、国際人道法の尊重が、平和とのシナジーを生みます。国際人道法は、戦闘行為に関する規制の集まりに過ぎないと思われるかもしれません。あるいは、武力紛争や武力行使を正当化する規則であると誤って理解されているとしたら、もっと問題です。

重要なのは、平和を中心に据えた広大な国際法体系の一翼を国際人道法が担っているということです。「平和」は常に戦争法を制定した国々の最優先課題であり、ジュネーブ諸条約の第一追加議定書を採択した国々は、「人びとの間に平和が広がっていくことを切に願います」と宣言しています。

通常兵器の規制に取り組んだ際には、国家は目標として「軍備競争の終結と国家間の信頼の構築、ひいては平和に暮らすというすべての人びとの願望の実現」を掲げています。

戦闘行為に人道的な抑制を利かせることと、平和のために熱心に取り組むことの間に矛盾はありません。

実際、武力紛争法を忠実に適用することで、平和に向けたイニシアチブを強化できます。紛争下で国際人道法を尊重すれば、平和構築に立ちはだかるいくつかの障害を取り除き、平和への移行に寄与します。避難民や難民、破壊される家々が減れば、帰還または再定住の交渉に費やす労力が減ります。拘束時の法的保護措置がより尊重されれば、誰をいつ釈放するかという決定がより明確でシンプルになります。行方不明者にまつわる問題の解決と家族の再会は、平和への障害となりうる集団的苦悩と恨みから人びとを解放します。戦争犯罪が減れば、犯罪捜査と紛争後の司法と説明責任をめぐる議論を減らせます。紛争下の残虐行為を抑えることで、紛争解決の障害となる憎悪も抑制することができます。

国際人道法は、戦争による物質的な代償を削減することで、平和の回復を促進することもできます。また、国内や国際的な商取引上重要な民間機関が業務を継続することができます。また、人命を救うことに加えて、生活に欠かせないインフラと基本的なサービスを保護することで経済上の国民の安全をある程度維持し、紛争が終結した後に日常生活を再開する際の負担が減ります。

国際人道法は、敵対する当事者間に信頼関係を築く機会も提供します。例えば、行方不明者や離散した家族、亡くなった人の所在を突き止め、家族のもとに送り届けるためには、前線を越えた協力が必要となります。そこで、さらなる対話のきっかけが生まれます。

国際人道法には、当事者が和平交渉に入ることを決定した場合、その実施を可能にする特定の規定も含まれています。戦闘行為を規定する一方で、国際人道法は、紛争当事者間の「特別協定」に向けた交渉のために法的根拠を提供するなど、武力紛争から脱却するための道しるべも含んでいます。「特別協定」には、停戦や被拘束者の解放、恩赦にまつわる取引、和平合意などがあります。より広義に言うと、国際人道法は、国際的に承認された枠組みを提供し、その中で紛争の両当事者は、紛争の責任が誰にあるかという見解や相手の法的地位・正当性に偏見を持つことなく、単に「当事者」として相互関係を築くことができます。

そして、私はすべての関係者に対して、国際人道法の明確化と発展に向けた取り組みを継続するよう強く求めます。国際人道法の法体系に貢献するため、そして、どんな懸念事項が存在しているのかを再認識するための取り組みです。国家間の協議、政治宣言、新しい条約は、戦争がもたらす潜在的な人的被害に対する私たちの意識を研ぎ澄まし、その被害を回避したいという私たちの集団的欲求を引き出します。軍縮の枠組みであれ、赤十字・赤新月社の国際会議の文脈であれ、国際人道法に関する多国間対話は、信頼と共通の目的意識を築きます。

私たちは、武力紛争法の要件を再確認する度に、共通の人間性についても再確認します。個人とコミュニティー双方に平等な価値を見出すことで、平和の基盤が築かれるのです。ICRCが保護義務を負う法体系が、このようなより高次の目的にいくぶんか貢献することは、私の希望や動機に繋がっています。

ICRCが保護することを義務づけられている法体系が、この崇高な目的に少しでも貢献することが私の望みであり、この仕事をする意義を感じるのです。

三つ目は、平和に投資すること。このことをすべての国に呼びかけます。ここでお話した私の見解は、紛争解決の専門家のそれとは違います。戦争がもたらす人的被害に関して、誰よりも深い知見を持つ数多の献身的な同僚たちを代表して、私は述べているのです。同僚たちはこぞって同じような経験をしていて、荒廃と損失の物語が繰り返し語られています。事実、国際人道法と人道の原則に基づく活動によって、命を救い、戦時に想定される最悪の結果をある程度回避することができます。しかし、国際人道法にしても人道支援にしても、戦争の性質や戦争が人類に及ぼす打撃そのものを変えていくことは不可能です。

これ以上最善の道はないという信念のみが、繁栄と惨事のどちらに転ぶかを決めるのです。

今こそ平和に資する時です。代替案を検討し、選択肢をつくりましょう。あらゆる武力紛争への関与は、たとえ正当あるいは必要であったとしても、甚だしい人的被害を伴うということを率直に認める必要があります。

今後も、ICRCが果たす役割は地味で、とことん中立にこだわっていることでしょう。しかし、その重要性が立証される時が訪れるかもしれません。私たちにはそれぞれ、果たすべき役割があるのです。