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ガザ:アシールが希望を取り戻すまで

ガザ地区
2026.05.21

©ICRC

ガザ出身のアシールが、新たな人生の1ページをめくろうとしていた時です。ある夜の爆撃がすべてを変えてしまいました。2年以上続く武力衝突によって避難を余儀なくされた多くのパレスチナ人と同様、彼女も親族とテントで暮らしていました。

 
当時、アシールは自分の結婚式の準備に追われ、家族と段取りについて話し合い、大切な人たちと祝うその日を夢見ていました。

「爆撃が始まったのは、やっと眠りにつこうとした時でした」と振り返ります。混乱の中で、彼女がいたテントも直撃を受けました。「テントが覆いかぶさってきて視界が断たれました」。

彼女は救出され、自分の足にひどい怪我を負っていることに気づきました。夜が明けるまでの間に、アシールの人生は思いもしない方向に舵を切りました。思いのほか傷は深く、十分な医療も望めない状況でした。「痛みがあまりにひどく、いっそのこと足がなくなればいいと思いました」と当時を回顧します。「周りの人たちに、もう足を切断しても構わない、楽になりたいと伝えました」。でも実際切断を決意するまでには葛藤がありました。

アシールにとって、足をなくすことは、体の機能を失うだけでなく精神的な負担にもなりました。多くの人びとが直面している劣悪な居住環境の中で、この先自分はどんな人生を送ることになるのだろう、と心配になりました。

一番の不安は、退院した後にテントで生活することでした。感染症や砂ぼこり、不衛生な環境が心配でした。

アシール

再び歩くことを学ぶ

アシールは、ICRCが支援するリハビリテーションと理学療法を受けて、回復への一歩を踏み出しました。

「理学療法を受け始めたときは、自分が歩けるようになるなんて想像もできませんでした」と彼女は言います。しかし、定期的に通い、リハビリチームの支えもあって、彼女の強さと自信は増していきました。義足がもらえると知った日は、「人生で最も幸せな瞬間だった」と振り返ります。

©ICRC

初めて義足をつけたとき、今すぐにでも歩き出したいという思いでいっぱいでした。「先生からは、転ばないように一歩ずつ歩くようにと言われました」と彼女は笑います。「でも、つけたらすぐにものすごい勢いで歩き始めてしまったんです」。アシールにとっての一歩は、かつて思い描いていた人生へと戻るための歩みでした。

逆境の中で迎えた結婚式

結婚式の日が近づくにつれ、アシールは興奮と不安の両方の感情にさいなまれました。晴れの席に義足の調子が悪くなったり、転んだりしないかと心配でした。しかし、リハビリチームの支えがあって、彼女はダンスもできるようになったのです。

©ICRC

式の当日、不安は消え去っていました。「夢のような結婚式でした」とアシール。「言葉にできないほど幸せな瞬間でした」。

歩いている彼女の姿を見て、多くの招待客が驚いていました。義足をつけていることに気がつかない人もいたほどです。アシールのパートナーも感無量です。「ここまで支えてくれたリハビリチームと赤十字には感謝しかありません」。

未来を見つめて

アシールはいまだ避難民としてテント暮らしを続けながらも、新たな人生にも徐々に馴染んできています。苦しい中でも、彼女は強い決意と希望を抱き続けています。

「私が伝えたいのは、自分の怪我を恥じる必要はないということです」とアシールは語ります。「リハビリと理学療法で人生は本当に変わるんですよ」。
 

 
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