戦争とはいえやりたい放題は許されない~膨大な人道ニーズと赤十字が果たす役割

イスラエル・パレスチナ
2024.02.28

©ICRC

※同様の記事を『季刊アラブ冬号』No.186(2024)に掲載。こちらはそのオリジナル版で、より長めに考察し、レイアウトは駐日代表部による※

イスラエルとガザで繰り広げられている暴力の応酬は、世界各地の紛争地で活動する赤十字国際委員会(ICRC)がここ数年で目にしたことのないレベルに達している。まさに、目を覆いたくなるような凄惨な状況で、暴力が生み出した膨大な人道ニーズに応えるには、持続的に援助を行う必要がある。いわゆる、人道スペースの確保だが、それさえも実現できていない。

人道支援に不可欠な二つの“A”

戦時下の人びとを救うため、二つのA「Acceptance(受け入れてもらうこと)」「Access(アクセスを確保すること)」はICRCの活動には不可欠だ。そのため、紛争当事者とは、戦火に巻き込まれた人びとが妨げられることなく援助を受けられるよう、人道スペースの確保について再三話し合っている。しかし、現場の同僚たちには、人道支援を提供するための安全がいまだ保障されていない。

ICRCは1967年以降、イスラエルとパレスチナ被占領地(以下、パレスチナ)に住む人びとの生活に変化をもたらすことができるよう、半世紀以上にわたって寄り添い続けている。収容施設に拘束されている人たちを訪問し、離ればなれになった家族の追跡調査や再会・面会を支援。また、生計を営めるように家畜業や農業を支援したり、生活に欠かせない水や電気を確保できるようサポートしてきた。これらすべての活動は、紛争の犠牲となっている人びとの権利と尊厳を守るためだ。

10月7日の紛争激化以来、ICRCが行ってきた活動も多岐にわたる。避難者支援や水や電力、衛生面でのインフラの補完、不発弾などの武器汚染によるリスクの喚起、救命・緊急医療支援、遺体の身元確認と尊厳を尊重した管理、人質や行方不明者の家族対応を含めた民間人の保護、そして人質解放・被拘束者釈放時のサポートだ。こうした活動を展開しつつ、紛争当事者とほぼ毎日直接的な対話をおこない、戦時の決まりごとを定めた国際人道法を守るよう強く要請している。

中立、公平、独立を掲げるICRCは「国際人道法の守護者」と呼ばれ、その任務は、武装組織によって支配されている地域を含め、どこであろうと武力紛争や暴力の被害にあった人びとの苦しみを和らげ、苦しみから守ることだ。

武装集団を含めた紛争当事者と接触し対話することは、国際人道法を成すジュネーブ諸条約に加入している196の締約国によりICRCに与えられた人道的使命の一つだ。2023年時点で世界には450以上の武装集団があり、ICRCはそのうちの三分の二と接触。ハマスとも、これまで長きにわたり対話を続けてきている。

赤十字の“独特な役割”

2023年12月末時点で、ガザにいた人質109人の解放と、イスラエル当局に拘束されていた154人のパレスチナ人の釈放に伴い、それぞれを家族の元へ届けるべく当局に引き渡し、移送をサポートしてきた。この間、追加の人道支援と重要な医薬品がガザに運び込まれた。

こうしたことができたのは、組織の中立性があってこそだ。ICRCは、当事者間の交渉には関与せず、いかなる合意についても政治的な意見を述べることはない。合意に従って、拘束を解かれた人々が無事に家族の元へ帰れるようサポートすることがその仕事だ。

一方で、中立的な立場からの介入は、必ずしもみなに理解されるわけではない。国の存続や人の生死がかかった戦時の、激しい感情が渦巻く状況においては、なおさらだ。国際人道法の守護者と言われるICRCの独特な活動が報道される中で、そのスタンスに対してSNSを中心にさまざまに語られるようになった。「最前線にいるならもっとできることがあるはず」、「目の前で起きていることに対してもっと声を上げて糾弾すべきだ」などだ。人質や被拘束者の身柄を引き取り、当局に渡すオペレーションの際には「Uber」や「タクシー送迎」などと揶揄された。

人質を取ることは、国際人道法で禁じられている。ICRCは10月7日以来、ハマスだけでなく、影響力を持つ人たちとも話し合いを重ね、すべての人質の即時解放を主張し続け、人質との面会を実現するために引き続き全力を尽くしている。いまだ多くの人たちが拘束されたままで、帰りを待ちわびる家族はその安否すら知らされていない。私たちは人質の家族とも会い、この2カ月間家族が抱えてきた不安や苦しみ、そして憤りを痛感している。

中立な立場で人道支援を行う者として、自分たちがやっていることについてICRCは公に話すことがなかなかできない。中立こそが、政府であろうと武装集団であろうと、すべての当事者から信頼される唯一の手段である。これまで160年、紛争地で活動してきた経験上、当事者と直接、守秘義務に則って非公開で話すことでしか達成できないことがあると身をもって知らされてきた。純粋に支援を必要とする人びとに公平に支援を提供し、戦時に人道上のルールを守ることの大切さについてすべての当事者と対話する。捕らわれた人々を訪問し、解放や釈放に数多く立ち合ってきた組織として、人間の命と尊厳がそこにある限り、この姿勢は変わることはない。

凄惨な暴力がもたらしたもの

ICRCは、中立と公平の原則に則り、イスラエルで捕らわれた人質の問題も、ガザの人的被害も、最優先課題として打開に向けて奔走している。

停戦中、ガザの同僚から、数週間ぶりに空が晴れた、と聞いた。連日絶え間なく火煙が立っていたからだ。既に日常と化していた紛争が生み出す爆音も途絶え、その静寂はまるで不気味ですらあったという。同僚も現場の人びとも、戦禍から解放されたとは信じておらず、その後の暴力の度合いの高まりを恐れていたが、それが現実となってしまった。北部だけでなく、大量の避難民が逃れているガザ南部や難民キャンプ等がさらなる攻撃を受け、人道危機は深刻化する一方だ。

ガザの病院には遺体が山積みで、その多くは身元が確認できておらず、建物内には遺体が放つ異臭が蔓延している。トリアージにより負傷者が優先されるため、肺炎や感染症などの慢性疾患の患者を治療するキャパシティーがない。また、清潔な水や衛生設備がないため、胃腸病や皮膚病が避難民のコミュニティーで急速に広がっている。

ガザ南部では、12月中に数万もの人々がエジプト国境・ラファの近くまで南下していて、利用可能なスペースがあれば、道路の中央分離帯ですらテントを張って、仮の住まいにしている家族もある。このような場所では衛生設備はほとんどなく、女性や子どもの世話をする親にとっては特に厳しい。

家族全員が棒の上に防水シートを敷いて生活し、何度も避難を繰り返している人びとがたくさんいる。将来のことを考える余裕などなく、次の数分、数時間を乗り切ることだけに集中せざるを得ず、なんとか家族が安全でいられるよう必死だ。

一刻も早い事態の打開に向けて

ICRCのミリアナ・スポリアリッチ総裁は、12月上旬にガザを訪問した後、同月半ばにイスラエルとヨルダン川西岸をそれぞれ訪れた。イスラエルでは、現行の紛争による人道上の被害、特に人質問題について政府高官と会談。人質の家族とも面会し、捕らわれている人々との面会を実現するために全力で取り組んでいることを伝えた。ヨルダン川西岸では、パレスチナの保健当局に加えて、イスラエル当局に捕らわれていたパレスチナ人被拘束者の代表団と会談し、収容所内での処遇を確認できるよう、再訪問のためのアクセス回復に向けて当局と対話を重ねていることを説明した。

ヨルダン川西岸でも戦闘が激しさを帯びてきており、ここ数十年で最も暴力的な状況にある。同地区のパレスチナ人も、国際人道法上の被保護者である。占領地のすべての住民は、攻撃から保護される権利を有していて、占領する側は人道的に扱う無条件の義務を負う。

こうしたイスラエル・パレスチナにおける人道状況を受けて、ICRCは国際社会に対して外交努力の強化を訴えている。今回の凄惨な暴力の応酬は、短期・長期的に人びとの生活に影を落とす。国際人道法が尊重されなければ、人々の苦しみは悪化し、血を流し続けることになるだろう。そうなるとますます政治的解決策を見つけることは難しくなる。

当事者には、民間人や民用物、特に医療に関連する施設やスタッフ、車両を、軍事目標と常に区別するよう指揮命令を徹底してもらい、医療活動を含む人道支援が円滑に行われるようにすることを引き続き要請する。
ICRCが、国際人道法の遵守を粘り強く訴えるのは、同法が過去1世紀半の間に数え切れないほどの人命を実際に救ってきたからだ。戦闘員を含む負傷者が公平に医療を受けられ、救急車が検問所を通過でき、人道支援を受け取り、人道的な処遇により被拘束者が希望を抱く。これらすべてが、武力紛争下でも実現できている。また、化学兵器や生物兵器、対人地雷、クラスター爆弾、核兵器などの非人道的な兵器の禁止にもつながっている。

「戦争とはいえやりたい放題は許されない」。国際人道法の尊重を粘り強く要請することが、事態の打開に即座につながらなくても、私たち赤十字がすべきことである。戦争のルールとは、武器を持って戦う当事者がどのように行動すべきかを示すものであり、赤十字の役割はそれを繰り返し説くことだ。そのためにも、私たちは世界中で見られる「やりたい放題」に憤慨しなければならない。また、違反が看過されている事態にも声を上げなければならない。

人びとが不当な扱いを受け続けているから、不当な扱いの禁止を訴えるのは無駄だと考えるのか。紛争当事者が無差別攻撃を続けているから、無差別攻撃の禁止を訴えるのは現実的ではないと考えるのか。負傷者や病人が医療を受けられずに放置される事態を放っておいていいのだろうか。事態を何とか打開したい、と考えた時、私たちの唯一の選択肢は、憤りを行動に移し、国際人道法の遵守と尊重を達成するために力を尽くすことだと、赤十字は信じて行動している。