私たちが武装集団と対話をする理由
※ここで言う“武装集団”とは、非国家主体であり、人道上見過ごすことのできない暴力事態を引き起こす能力を有した集団を指します。
紛争当事者の支配地域に暮らし、援助を必要とする人たちにたどり着くため、赤十字国際委員会(ICRC)は、非国家主体の武装集団を含めた、すべての当事者と対話をするべく力を尽くしています。私たちは、その長い歴史の中で、常に武装集団と守秘義務に則って対話をおこない、支配下に置かれた住民の救援、保護に奔走しています。
例えば、武装集団に捕らわれた人々を訪問して、心身の健康状態を確認し、家族と繋ぐ赤十字通信を提供。また、解放時に中立的な仲介者として関与したり、武装集団によって封鎖された地域に暮らす住民を援助したりしています。
武装集団と関わることでICRCは人道的使命を果たすことができ、その支配下で暮らす人たちの苦しみを軽減、予防できるのです。
私たちが武装集団に接触する理由は、さまざまです。第一に、武力紛争やその他暴力が伴う事態の影響を受けている人たちにアクセスするための前提条件であること。第二に、ICRCが中立で公平かつ独立した組織だということを知ってもらい、理解や信頼を得るため。第三に、国際人道法やその他の関連する法的枠組みを普及するうえで欠かせないこと。武装集団が法を守ることで、被害を受ける人たちの苦しみを和らげ、予防することに繋がります。最後に、1949年に成立した4つのジュネーブ条約の共通第三条に、ICRCは非国家主体の武装集団を含む、非国際的武力紛争の当事者に対して、“その役務を提供することができる”と明記されているからです(※)。
世界における武装集団の分布図は、紛争の勃発や、武装集団が支配する領土の拡大/縮小により、急速に様変わりしていきます。そうした事情から、効果的に人道的使命を果たせるよう、世界各地に散らばるICRC代表部からの情報をもとに、私たちは武装集団に関する内部調査を毎年おこなっています。この調査は、ICRCと武装集団の関係値の測定や、武装集団の動向観察、関わりを強化するための機会の評価など、いくつかの目的を有します。
ここでは、2023年の調査で得られたICRCと武装集団との関わりについて解説したいと思います。調査結果は、ICRCが各地で活動するなかでの優先事項や懸念点が反映されているため、科学的な見地からではなく、あくまでも活動を通して得た評価に基づくものです。武力紛争に伴う外的要因の変化や、ICRCの活動の優先度、調査方法の改善などにより、これらの数値は毎年変動する可能性があります。
2023年の武装集団
ICRCは2023年、人道上注意を必要とする武装集団の数を、450以上と見積もりました。
アフリカ(36%/164集団)と中近東(28%/130集団)が大半を占め、アジア大洋州(18%/83集団)や南北アメリカ(15%/68集団)、ユーラシア(3%/14集団)にも存在します。
私たちが把握する限りでは、過去5年の間、その数は常に450を超えています。ここまでの数になったことで、人道支援団体が武装集団と接触する際、また、その支配下で暮らす人たちへ援助を届ける際に直面する課題は増えていっています。
2023年7月時点で、武装集団の影響を受けている地域には、少なくとも1億9,500万人が暮らしていると推定され、うち6,400万人はその完全な支配下に置かれています。また、1億3,100万人は係争中もしくは流動的に支配勢力が変わる地域(以下、影響下にある地域)に暮らしています。
- アフリカ:完全な支配下=3,150万人 影響下=5,150万人
- 中近東:完全な支配下=3,000万人 影響下=1,100万人
- アジア大洋州:完全な支配下=50万人 影響下=3,500万人
- 南北アメリカ:完全な支配下=60万人 影響下=3,300万人
- ユーラシア:完全な支配下=90万人
また、2023年の領土支配の実情をまとめると、78の武装集団(全体の16%)が完全かつ独占的に支配し、209の武装集団(全体の46%)は、領土の争いなどで流動的にその地域に影響を与えていると私たちは考えています。領土を支配する武装集団の数には地域差があり、アフリカには115(集団)、中近東に72、南北アメリカに55、アジア大洋州に40、ユーラシアは5となっています。一方で、完全な領土支配をしている武装集団の78%がその地域を4年以上にわたり支配していることは注目すべき点です。
支配下の領土を持つ武装集団の多くは、当該地において事実上の統治や公共事業をおこなっています。2023年には、363の武装集団(全体の79%)が住民に対して公共事業や課税を実施しています。また、支配地域を持っていない集団のいくつかも同様のことをおこなっています。全武装集団の55%以上は治安措置を課し、41%が課税と同等の制度を設け、25%は司法や紛争解決のメカニズムを提供しています。その他にも、保健医療(16%)や教育(13%)、公益事業(5%)、法的文書作成(4%)など、長年にわたって完全な領土支配をしてきた集団は特にこれらサービスを提供する傾向にあります。一方で、この調査では、支配下で暮らす住民がそれらのサービスをどのように認識しているか、住民がどの程度恩恵を受けているのか、支配する全域に行き届いているかなどについて評価することはできません。
これらの数値が浮き彫りにするのは、武装集団による領土支配が広範囲でおこなわれていて、その支配下で暮らす人々が世界中にいる、ということです。武装集団の統治下にいる人々は弱い立場に置かれており、特定の危機に瀕しています。民間人が死傷する可能性のある戦闘や敵対行為がすぐそばで繰り広げられ、必要不可欠なインフラやその他サービスへのアクセスが制限されるか、またはその提供自体が止まり、封鎖や包囲、制裁により人命救助のための物資やサービスにたどり着けなくなる可能性があります。また、政府当局の不在により、民間人が必要な法的文書を入手できないといった困難にも直面します。
武装集団が公共サービスを提供していても、多くの場合、支配下で暮らす住民の基本的なニーズを満たせていないのが現状です。そうした事情から、ICRCが武装集団と接触し、対話をすることがとても重要となってきます。被拘束者の保護や家族の再会支援、国際法や国際基準に基づく紛争犠牲者の保護など、さまざまな支援や法的措置、保護について話をし、支配下で暮らす人々のニーズを理解して対応することが必要だからです。
2023年 ICRCの武装集団との関わり
武装集団との接触は、一筋縄ではいきません。しかし、その支配下で暮らす人々の苦しみを軽減し、予防するという人道的使命をICRCが果たすためには不可欠です。
ICRCが武装集団と接触した内容を見る限りでは、2023年と前年で大きな変化はありませんでした。人道支援をおこなう上で私たちが把握しておく必要があると判断した武装集団のうち、3分の2以上(61%)に接触。そうした接触はさまざまな形でおこなわれ、話し合う問題も多様です。現在、全武装集団の少なくとも半数と対話関係にあり、活動のためのアクセスや安全確保に焦点を当てた交渉をおこなっています。さらに、全武装集団の約3分の1に人道的な懸念を提起。武力紛争やその他暴力の伴う事態の影響を受けている個人を保護し、紛争当事者が国際人道法をはじめとした戦時のルールを遵守するよう訴えています。
武装集団と戦時のルールについては、拘束措置や市街戦にまつわる二つの資料(1)、(2)を作成し、武装集団に接触する際や人道法を説く際に積極的に利用しています。
武装集団の行動のルーツを解明するためのICRC独自の研究に基づき、武装集団の活動地域や組織構造、地域支配の度合いなどが、集団との関与を成功させる上で重要な要素であることがわかりました。一般的に、ICRCは武力紛争の当事者である武装集団と、頻繁にかつ直接的なコミュニケーションを維持し、被拘束者の訪問や家族との連絡回復・再会、国際人道法をはじめとした原則の普及など、保護と予防の観点からの活動を広範囲にわたり実施しています。特に地域に根付いている集団や完全的な支配を4年以上にわたり続けている集団に対しては力を入れています。
立ちはだかる課題
ICRCは多くの武装集団と接触していますが、いくつかの集団とは複数の課題に直面しています。よくあるのは2つ。その時の治安状況と、武装集団との接触が国家との関係にマイナスに左右するという点です。これら2つの要因は、全武装集団の約14%との関与を完全に不可能にし、38%との関わりに制限を課しています。対話関係にあっても、ICRCの全活動を受け入れてもらうには至っていないケースもあります。
さらに、国家によって「テロリスト」と指定されている場合、その集団と接触する際に大きな困難に直面し、全体の4%の集団との関与が断たれ、14%との関与が制限されています。この影響はアジア大洋州で最も深刻で、同地域内の武装集団の約半数(48%)が国家からテロリスト指定されているため、そのうちの約4分の3(73%)との接触が何らかの制限を受けているか、完全に妨害されています。
私たちは、武装集団から関与を拒まれたとしても、そのこと自体を大きな課題としては捉えません。実際、消極的であるがために接触が完全に不可能となった武装集団は、全体の5%ほどです。この事実を、ドナーや国家、その他人道支援団体が認識することはとても大切です。なぜなら、武装集団が人道支援団体との関与を拒んでいる現実をもって、そうした集団への援助や関わりを否定する根拠となっているからです。
2023年、武装集団と関与するうえでの障壁は、ほとんどの場合国家によってもたらされています。残念ながら、現在の複雑な安全保障環境の下で、私たちが武装勢力との関与を強化する余地は限られています。国家による障壁や「テロリスト」指定などがICRCの活動に与える影響を今回の調査が明らかにしたことで、私たちのような人道支援団体が、人道スペースを守り、強化していく必要性を再認識する機会となりました。そのためにも、テロ対策法に人道的免責条項を設けること、特に、国内法において武装集団との関わりやその支配下に暮らす住民への人道支援を違法としないように働きかけることが鍵となってきます。同時に、国内当局に対して、ICRCが武装集団と関与するための便宜を図ってくれるよう説得し続けることも重要です。
2022年、国連で安保理決議案2664が採択され、国連をはじめとした多国間による制裁が課す資産凍結に人道的免除が認められました。今後、各国が普遍的な認可や人道的免除を国内法に追加すれば、これから数年間の私たちの取り組みに多くの恩恵をもたらします。どの程度の恩恵かは今後モニタリングする必要があり、それも、同決議がいかに効果的に実践されるかにかかってくるでしょう。
(※)なぜICRCは武装集団とも対話をするの?―4つのQ&A
https://jp.icrc.org/information/why-icrc-talks-armed-groups/
(1)https://www.icrc.org/en/document/detention-non-state-armed-groups
(2)https://www.icrc.org/en/document/reducing-civilian-harm-urban-warfare-handbook-armed-groups