国際人道法(IHL)ロールプレイ大会世界大会 ジャン‐ピクテ・コンペティションに出場した宇都宮大学チームにインタビュー

国際人道法
2025.02.28

赤十字国際委員会(ICRC)は、2024年12月に国際人道法(IHL)ロールプレイ大会国内予選を開催しました。

今回は、同大会の世界大会と位置付けられているジャン-ピクテ・コンペティション(以下ジャンピクテ)に出場した宇都宮大学の学生3名にインタビューを実施し、大会までの準備、大会での経験、参加して得られたものなどについてインタビューしました。

今回お話を伺ったのは、同大学院地域創生科学研究科二年の福原玲於茄さん(専攻:国際関係論、アフリカ連合。元ICRC駐日代表部広報インターン、福原さんのインターン体験談はこちら)、同研究科一年の萩谷由佳理さん(専攻:移行期正義、ジェンダー、性的マイノリティ)、同大学国際学部国際学科三年の花塚ひとみさん(専攻:テロリズム、国際犯罪、平和構築)の3名です。

※IHLロールプレイ大会とは、学生たちが武力紛争下におけるさまざまな架空の状況下で、人道支援団体をはじめ民間人、武装勢力など、与えられた役割を演じ、参加者間でIHLの知識や理解度を競う大会です。2024年度 IHL模擬裁判・ロールプレイ大会国内予選の結果報告はこちら

大会を終えた宇都宮大学チームの様子

大会後の宇都宮大学チームの様子

Q1:参加したきっかけは何ですか?

福原さん:ジャンピクテへの出場は初めてですが、宇都宮大学国際法研究室からは2019年からICRC駐日代表部の主催するIHL模擬裁判大会等に参加しながら、 IHL の知識を大学内でも共有するような取り組みをしています。国内大会に参加する中で、グローバルな学生たちと活動してみたいという思いが強くなったこと、ある程度ロールプレイ大会の経験を踏んだ学生たちが揃い始めた年が、まさに今年だったということもあり、この三名で出場することを決めました。

Q2:練習で重視したことや、大変だったことは何ですか?チーム内の関係性はどうですか?

萩谷さん:私たちは週1回のペースで、国内大会に基づいてシナリオを考え、それを使って練習をしていました。私たちは法学部ではないので、法律の基本知識が足りていないと感じたりすることはありました。ですので、ゼミの中で文献購読をしたり、ゼミ生間でロールプレイに向けた自主練を行うことで、専門知識を身につけることができたと思っています。指導教員をはじめ、研究室の先輩や後輩が練習をサポートしてくれて本当に助かりました。

花塚さん:ロールプレイ大会やジャンピクテでは準備する時間が非常に限られているので、誰がどういった理論を構成して主張するのかなど、役割分担を意識して練習に取り組みました。それぞれの得手不得手を考慮して、お互いに補強できるような形で役割分担をすることも意識していました。

Q3:英語の壁はどう克服しましたか?

花塚さん:個人的には英語の壁を一番感じたメンバーの一人ではないかなと。語彙だったり、表現能力がすごく限られていたので、議論中はシンプルな表現を使ったり、できるだけわかりやすく、自分でも伝えやすい言葉で論理的に説明することを心がけました。ただ緊張している状況下で、英語を使って法的な議論をするということ自体が大変難しく、即座に反論する場合など、自分が意図してない通りに伝わってしまうことも多々あったかなという印象はあります。今回の経験で感じたのは、やはり完璧な英語力を求めるだけではなく、限られた語彙や表現で自分の中の考えを的確に伝えられることが大切かなという点でした。

福原さん:今回大会に参加した学生の中でも、ネイティブスピーカーは3、4チームぐらいで少なかった印象があります。でも、ほとんどの学生が第二言語、第三言語として英語を勉強している方だったので、英語のレベルや話し方も多様で、すごく視野が広がりました。また、自分やチームの英語のレベルを振り返る機会にもなりました。

Q4:実際に大会に参加してみた印象や、記憶に残っている場面があれば教えてください。チーム内での役割分担や工夫したことなど。

萩谷さん:今回のシミュレーションは、これまで練習してきたシミュレーションとそこまで違いはなかったものの、少し複雑に感じました。審査員はその分野の専門家なので、法律の具体的なポイントをつかむ方法を知っていて、とても興味深かったです。また、海上封鎖のシミュレーションがあったのですが、以前に経験した模擬裁判国内大会での内容に近い議論だったので、とても面白かったです。もちろん、一緒にシミュレーションに参加するだけでなく、一緒に食事をしたり、シミュレーションの後に話をしたり…他の参加者との絆が深まる経験でした。

花塚さん:私が特に印象として残ったのは、武力紛争下において、前線にいる司令官がある施設を攻撃したいという状況に対し、軍の法務官としてそれが法律的に合法か違法かの判断を迫られたシミュレーションでした。シミュレーション自体がわずか5分程度しかなく、準備時間もとても短かったので、時間内に攻撃の決断を強く求められるという状況が印象的でした。限られた情報の中で、即座の判断が迫られること、さらに逼迫した雰囲気の中で相手からの圧力が加わるなど、実際の戦場における意思決定の難しさを疑似体験することができたと思います。

Q5:先生からの言葉やアドバイスで、印象的だったものがあれば教えてください。

福原さん:先ほどの言語の壁にもつながると思いますが、特にジャンピクテではパソコンを持ち込んでシミュレーションに挑むことが禁止されていました。紙を使って、全て自分の言葉で表現することが求められました。実際、先生からも、まず母語である日本語で理解して、自分の言葉でIHLの原則等を噛み砕いて説明できるようになるまで理解しておきなさいとご指導いただきました。なので、文献を読むにしても、一度訳して置き換えたり、理解しやすい方法をそれぞれ確立しながら取り組みました。

花塚さん:私はロールプレイ国内大会の練習の時から、相手の立場を考え、仲良くなる技術を身につけなさいというような、コミュニケーション能力に対するアドバイスをいただいたことが特に印象に残っています。模擬裁判大会とは異なり、法的議論を行うことが目的ではなく、異なる立場の参加者と対話しながら、状況に応じた解決策を模索していくプロセスが求められると感じます。論理的正しさを追求するのみならず相手とどのようにより良い関係を築いて共通の理解を深めていくかが、すごく重要であると実感しました。

Q6:参加してよかった・成長したと感じる点があれば教えてください。

萩谷さん:先生のアドバイスの話と少し重なるのですが、どんなことにもあてはまりますが、特に法律では、基本ができていないと、複雑な議論を理解することも、また話し合いに参加することもできないと教えられていました。基本的なステップを踏んでいないと、それ以上のことはとても難しくなると。ジャンピクテではそれを強く感じさせられました。でも、チームと1週間過ごす中で、自分の限界を知ることができましたし、チームワークや他の人たちとの協力の仕方についても学ぶことができました。それが、この大会で最も成長を感じた点のひとつだったと思います。

花塚さん:成長した点は、限られた時間の中で迅速かつ的確に判断して、それぞれの役割分担の中でリサーチをする能力が高まったことだと思います。それと同時に、自分自身の今後の課題点として、事前に準備した原稿や主張を述べるだけでなく、その場の状況の変化に応じて、柔軟に対応する能力を身につけなければならないと感じました。相手の言っていることを英語で理解して、論理的な反論をするというような即座の対応能力が、今後伸ばしていきたいなと感じた部分です。

福原さん:IHLについて、本の上で学ぶだけではなく、実務的な IHLの使い方、IHLの解像度をすごく高めることができた大会でした。いずれのシミュレーションも、すごく実務的で、どのように国内法と国際裁判所との棲み分けをするのかや、軍事攻撃にあたっての作戦会議など、IHLの原則を最初から話している暇がないような状況下で、どのようにIHLを普及していくのかという点にすごく面白みがある大会なのかなと思っています。また、チームとしていわゆる健康的な状態で大会を終えられたことは、私の中ですごく大きい成果だと思っています(笑)。1週間継続してずっと一緒にいますので、チーム内でうまくコミュニケーションが図れず、バラバラに過ごしてしまうチームもありましたし。それは本当に理解できる状況だったと思います。そういう意味で、チームとして一緒にやりきれたことは、おそらくICRCの活動や人道活動においても必要なコンピテンシーだと感じるので、良かったなと思っています。

Q7:国内大会やこの大会を含め、実際に学んでいることを活かす場としてはどうでしたか?参加した経験は、今後の勉強やキャリアにどう活かしていきたいと考えていますか?

花塚さん:ジャンピクテや国内大会を通じて、学んできたIHLを実践的に活用する貴重な機会を得ることができたなと感じています。特にロールプレイ形式では、教科書で学ぶ法律の条文や判例を単に理解するだけではなく、即座に判断する能力、相手に伝える能力が求められられるので、こうした経験を通じて、理論と実務のギャップを埋める重要性をすごく実感しましたし、今後の研究でも、実践的な視点を取り入れながら、学びを深めていきたいなと感じています。またキャリアについては、国際法分野で海外の大学院を目指していて、IHLの研究をさらに発展させていきたいと思っています。将来的には、国際機関でIHLの普及に携われるような実務に就きたいので、そのためにも大会で培った対応能力、交渉力を今後の学びに生かして、より実践的な視点から国際法を研究していきたいです。

福原さん:大会では、自分がこの瞬間輝いたなとか、この瞬間が一番楽しかったなと思うところは人によって違うと思うんですよね。私の場合は、難民キャンプへの訪問や収容施設で聞いた声を本部レベルに届ける仕事が、特にわくわくする仕事だと感じました。自分がどこで活躍したいのか、どこなら生き生きできるのかを気づけるきっかけを得られたのが良かったですし、自分のキャリアを考える上で重要な機会を提供してもらえたなと思っています。私自身はこれから開発の業界で勤務することにはなるのですが、また人道分野に戻ってこれるような、あるいはどこかで連携できるような機会を模索していけたらなと思っています。

萩谷さん:大会ではICRCや他の国際機関で働く様々な専門家の方々のお話やプレゼンテーションも聞くことができ、将来、この分野で働きたいという思いをより強くしてくれた経験になりました。最近、特に世界ではIHLに対する幻滅が起こっているように感じます。そうした印象を抱く中で、実際に現場で活動している人たちから話を聞くと、当事者はただ法律を破ったり、危害を加えたいから行動しているわけではなく、彼らには彼らなりの具体的な動機や、法律の遵守するための努力も最大限行っている場合があることに気づかされました。IHLの知識を持つことは、現場においてより良いアドバイスを提供したり、変化をもたらすことにつながり、その重要性にも気づかされます。IHLは実際に人々の生活に変化をもたらしていると感じました。

Q8:IHLに興味を持ったのはいつですか?IHLを学ぶことはどんな意義があると思いますか?

福原さん:私にとっては、核兵器禁止条約やICJ(国際司法裁判所)の核兵器に関する勧告的意見の判例に出会ったことがIHLや国際法を学びたいなと思ったきっかけになります。人道法の世界と武力行使云々という世界観の、矛盾するような世界があることにすごく複雑な気持ちになったのを今でも覚えています。そこから、人道法という実践的な法律を学ぶようになったと思いますね。

花塚さん:私がIHLを学ぼうと決意したきっかけは、大学での授業が最初でした。日本に住んでいると、IHLを学ぼうという機会がモチベーションとしてあまり高くはないですが、世界情勢を見ても、IHLの重要性は高まっていると感じています。また、IHLを学ぶ意義について、戦時下においても人命の尊重や、人道的配慮が求められることを理解し、それを実現するための枠組みを考えることが求められると考えています。単に規範を知るということだけではなく、その適用や課題を考察することで、法の持つ限界や可能性を見極めながら、よりよい国際秩序の形成に貢献できるのではないかと考えています。

萩谷さん:私の場合は、祖父、祖母両方とも第二次世界大戦を経験し、母が日本、父がイタリアで経験をしてブラジルに移民をしたというバックグラウンドがあります。なので、すごく身近な問題に感じていて、難民問題にすごく興味がありました。そして中学校の時に、シリアで撮影された難民の男の子の写真を見て、国際関係に興味を持ちました。大学入学後、IHLについて触れ、この法を使って何かできればなと勉強し始めました。

Q9:日本国内では、IHLが大学でもメジャーなジャンルではなくあまり認知されていないという現状があると思います。IHLを一般の人にも知ってもらうためにはどのようなことができると思いますか?自分の周りの人・家族や友達、そして自分たちより若い世代に対して、より多くの人がIHLを知ることができるよう、裾野を広げるにはどうすればよいでしょうか。

花塚さん:ニュースで報じられている紛争を単なる出来事として捉えるのではなく、背後にある法的な枠組み、人道的課題をわかりやすく解説することが必要なのかなと。また、若い世代に興味を持ってもらうには、学校教育やワークショップに模擬裁判やロールプレイの要素を取り入れて、もし自分が判断を迫られたらどうするのか考える機会が一番重要なのではと思います。実際に宇都宮大学でも、紛争が子どもたちにどのような影響を与えているのか、子どもたちの人権保障をめぐる課題についてロールプレイを交えながら考える「国際人権ワークショップ」をオープンキャンパスといった機会で実施しています。

福原さん:指導教員と話していて、国際人道法について日本語で勉強できるような機会を提供できたらという話になりました。日本の学生たちにも参加しやすいようなサマースクールを開催して、そこでロールプレイや模擬裁判を経験してもらうようなことも計画されていたので、今後も積極的に関わっていきたいなと考えています。

※ 宇都宮大学の大学ホームページにも、国際人道法ロールプレイの世界大会の記事が掲載されました。(記事はこちら