ガザの人質と組織の中立性:私たちは傍観しているのではない
赤十字国際委員会 (ICRC) イスラエル/パレスチナ被占領地代表部の首席代表ジュリアン・レリッソンが、組織の活動に欠かせない中立性について、3月上旬にイスラエルのメディアに語りました。
イスラエルとハマスの停戦合意を受けたオペレーションの第一弾が終了しました。心身ともに疲弊したこの1カ月半、至上の喜びと想像を絶する苦痛がもたらされました。30名の人質がイスラエルに帰還し、8名の遺体が尊厳ある埋葬のために母国に移送され、1,510名ものパレスチナ人被拘束者が釈放されました。
私は2023年10月7日にイスラエルにいませんでした。イスラエルに到着したとき、あの恐ろしい日の痛みがあらゆる場所、あらゆる人の中に存在していると、ひしひしと身をもって感じました。この深刻な人道危機がイスラエル社会を完全に変えてしまったということが伝わってきたのです。
人道支援団体としてのICRCの役割は、紛争の被害を受けたすべての人びとを助けることです。私たちは、世界で最も困難な場所で、成功や失敗を重ねながら職務を全うしてきました。「中立」という、おそらく多くの人にとってはなじみのないやり方で。ICRCは政治、人種、宗教、思想に基づく紛争や論争において、いずれの側にも立ちません。私たちは、対立する当事者間に立って橋渡しをし、紛争の影響を受ける双方の人びとの利益のみを考えて行動しています。
この中立性は、時に多くの批判を受けます。中立を保つことがそもそもの目的であると多くの人が考えていたり、中立とは片方の肩をもつ行為だ、と善意や悪意をもって言い切る人もいます。中立という私たちの活動の手段は、こうした考え方によって誤解されがちです。
人質の解放など慎重さを要する活動について、ICRCはあまり公にしません 。一方で、私たちが影響を及ぼすことができると考える場合には、決して沈黙しません。戦闘が始まったその日から、私たちは人質の拘束を非難し、その行為が違法で容認できないことを明示し、人質の解放を強く求めてきました。
中立性は、紛争の当事者双方に戦争法規に従って行動するよう、影響を及ぼす力を私たちに与えてくれます。守秘義務に則った非公開の場で、はっきりと言うべきことを伝えます。公に非難したり、どちらか一方の側につくことはしません。こうした表舞台に出ないアプローチこそが人道支援を可能にしています。戦略的思考を欠いた立場をとれば、私たちがまさに助けようとしている人びとを危険にさらすことになりかねません。
この中立性によって、他の団体が入り込むことができない地域へのアクセスが可能になります。ガザの人質へのアクセスしかりです。 実際、解放時の身柄引き渡しなど当事者同士の合意に基づいた活動が可能となっています 。
中立だからといって何でもできるというわけではありません。実際、私たちはガザに捕らわれている人質を訪問できていません。これは、私たちICRCのみならず、イスラエル国民、そして世界中の人びとを失望させました。しかし、私たちにその意欲や思い、試みが欠如していたわけではありません。また、ICRCに対する悪意を持った動機により実現できなかったわけでもありません。
10月7日以降、私たちは、待ちに待った人質との接触に向けて何度も会議を重ねてきました。ハマス、イスラエル、仲介者、そして何らかの力を貸してくれるかもしれない関係者たちと話をしてきました。これらの会合はイスラエル、ガザのみならず、カタール、レバノン、ヨーロッパ、そしてアメリカでおこなわれました。
ICRCはそうした場で組織の立場を明示し、人質の拘束は国際人道法に違反する行為であり、すべての人質を、今すぐ無条件に解放するべきであると訴えました。また、解放前に人質との面会を可能にし、国際人道法を遵守した行動を取るよう、すべての関係者に求めました。残念ながら、これらの努力は現在進行中であるものの、いまだ実を結んではいません。
この紛争に限らず、私たちの努力が結実しない例は他にもあります。別の国や地域でも、人質や被拘束者、捕虜となった兵士でさえ面会を拒否されることがあります。イスラエル政府も10月7日以降、ICRCがパレスチナ人の被拘束者と面会することを拒否しています。
私たちのこうしたアプローチが非難の的となるのはしごくまっとうです。しかし、この方法が功を奏して最終的に人質解放に一役買った事例を、コロンビアやイエメン、ナイジェリアなど世界各国で経験してきました。
そして、実際このアプローチにより、イスラエルとハマスの両当事者は、人質と被拘束者解放を同時に行う上でICRCに仲介を依頼しました。その結果、2023年11月以来、人質147名をイスラエルへ帰還させることができました。こうした仲介ですら私たちは批判を受けていますが、解放にまつわる一連のオペレーションを安全に実施するために私たちがどれほど心を砕いているかを知ってもらえれば、そう簡単には批判されないのかもしれません。
いざという時には、私自身が決定する立場にあります。人びとの運命が私の決断に委ねられていると言っても過言ではありません。 私は人質の命を危険にさらすようなことはしたくなかったですし、解放されて公共の場にさらされた人たちや、次の解放の機会を待っている人たちに危険が及ぶようなことは望みません。
一連の解放オペレーションが人質の尊厳、プライバシー、安全に最大限の配慮をもって実施されるよう当事者と仲介者に要請したにも関わらず、実際に目にした光景は受け入れがたいものでした。それでも、関与の継続を決断したのは私でした。停戦を決めた当事者間で合意された私たちの役割は、人質たちを家に帰すことでした。第一弾では、38名の人質の家族との再会、または適切に埋葬することを意味しています。
10月7日以降、私たちは週に一度は家族の代表と面会し、その声に耳を傾け、必要な支援を理解しようと努めています。ガザに捕らわれている愛する身内を私たちが訪問できないことに失望していることも知っています。
ICRCが掲げる目標のひとつは、支援しようとしている人びとにさらなる危害が及ばないようにすることです。私たちはこの極めて難しい時期に、すべての人びとに支援の手を差し伸べることができていない事実を認め、引き続き事態打開に努めていきます。
ガザに残る人質59名の家族に対して、私は、解放と面会の実現のため全力を尽くすことを約束します。戦禍にいる人びとの苦しみを和らげることは、私たちICRCにとって、政治や世間の評判、情報公開よりも優先されるものです。
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