ICRC職員インタビュー 李亘(い くん)さん
これまでの経歴は?
日本で大学を卒業した後、インドの大学院の修士課程に進みました。南アジア地域の武力紛争に関心があったため、インドで勉強したいと考えたのです。南アジアでは、例えばインドではカシミール地方、中国とインドの国境付近、また当時はスリランンカやネパールといった国でも紛争が終結して間もない時期でした。その中でも私が一番関心のあったのはインド東北部での紛争でした。学部生の時、どこの大学院へ行こうか迷っていた私に、インドの大学の先生がこう問いかけてくれたのを覚えています。
「欧米のトップの大学院に行けば、インドに関するどんな資料でも手に入るだろう。でも、実際にインドの大学のカフェテリアで飲むチャイの味や、すごく混雑しているバスを実際に経験せず、どうしてインドのことを理解することができるのか」
この言葉に感銘を受け現場に近いところで学びたいと思い、インドの大学院へ行くことを決めました。大学院修了後は航空会社に就職し、そこで業務のかたわら飛行機の勉強をしました。仕事をしているうちに学生時の学びとも直接関連する、紛争地で人道支援の仕事をしたいと思うようになりました。アメリカに航空機の運航管理者の資格を取りにいった際、クラスメイトに人道支援団体で働いた経験のある人がいました。彼の働いていたNGOで私もフライトコーディネーターという職種で採用され働くことになり、南スーダン、中央アフリカ、コンゴ民主共和国でのミッションに参加しました。その後、国連の平和維持活動の航空運用官補を経て、ICRCに入職しました。
ICRCへ入ったきっかけを教えてください
学部生だった2009年、ICRC駐日代表部(当時の名称は駐日事務所)ができたのですが、事務所長の方が私の大学で講義をしたことがありました。当時は漠然と将来、国際機関で働ければいいな、考えていたのですが、その方のお話を聞いて、ICRCに関心を持つようになりました。前職のNGO時代からICRCの航空部門とは連携することも多く、その流れもあって採用されました。
南スーダンではどのような仕事をしていますか?
2021年11月から南スーダンで、エアー・オペレーション・マネージャーとして働いています。ICRCの航空機を安全に、そして経済的に飛ばすことが職務です。南スーダンに6機あるICRCの飛行機やヘリコプターをどれだけ効率的に運用し、支援を必要とする人たちのニーズを満たせるかという仕事です。
大きな仕事の一つは、フライトスケジュールを組むことです。例えば、今日、A、B、Cに向かわなければならないが、燃料が持つのはBまで。でも、BからCに移動したい乗客もいる。この場合、どういうルートで飛ばしたら一番効率的か、ということを考えます。パズルを解くようなイメージになります。
フライトスケジュールを作るにあたって、貨物がどれだけあるのか、医療後送があるのか、今日の天候からみて、明日はどうなりそうか、など様々な点を考慮する必要があります。また、できるだけ空港に足を運んで治安機関や航空局とコミュニケーションをとって、何かあったときにスムーズな対応ができるような関係構築を心がけています。
南スーダンの現状を教えてください。
2011年にスーダンから南スーダン共和国として独立し、2013年と2016年に大きな紛争が起きました。2018年に和平合意が成立し、2020年にも追加の和平合意が交わされましたが、今も紛争や暴力の影響により避難を余儀なくされる人や医療にアクセスできない人、食料危機に陥ってしまった人などが多く存在します。そうした人たちは人道支援を必要としています。
独立当初、南スーダンには日本の自衛隊の部隊が派遣されていたので、日本でも注目された場所ではありましたが、2017年の自衛隊の部隊撤退とともに関心がなくなりつつあると感じています。今、ウクライナやアフガニスタン、アフリカではエチオピアなどが比較的注目を集めていますが、南スーダンでも人道危機はいまだに続いています。
仕事で大変なことは?
航空運用の特性として、医療後送などの緊急の案件が続いた場合、9日連続で勤務する、といったことが時々あります。他の職種では、仕事のペースや配分を自分で調整することもある程度可能だと思いますが、緊急で対応しなければいけないことが発生した場合、昼夜休日を問わず対応しなければいけない点は大変だと思います。
紛争地域での任務中、どうやって心身の健康を維持していますか?
料理をするのが好きなので、料理を作って健康的なものを食べるようにしています。また、テニスやジョギングといった運動をするように心がけています。南スーダンの生活は大変ではないですか?と聞かれることもありますが、私としてはそれなりに楽しんでいます。
仕事をするうえで何が一番重要だと考えていますか?
第一に安全です。例えば、私たちに「食料の援助をします」や、「銃傷患者を運びます」というような大切なミッションがあったとしても、飛行機が事故を起こしてしまうと、すべての活動は停止してしまいます。日本やアメリカで飛行機を飛ばすのと、南スーダンで飛行機を飛ばすのとでは、安全性のレベルに違いはありますが、違いがあってはいけないっていうのが私の考えです。私たちのチームのリーダーも、もともとアメリカでパイロットをしていたので安全には人一倍厳しいです。仮に、フィールドから医療後送しないといけないと連絡があったとしても、機材に不具合や天候が基準を満たしていなければ、勇気を持ってフライトをキャンセルする必要があります。
働いていてやりがいを感じるのはどんな時?
週末に医療後送など緊急性の高い業務が入った場合、内心、大変だなとは感じます。しかしその飛行機が首都のジュバに帰ってきて、患者さんが無事に病院まで運ばれた時は、やりがいを感じます。
数多くの人道支援組織の中で、ICRCならでは!と思う点は?
離散家族の再会支援や、捕虜の被拘束者の訪問は、ICRC独自の活動だと思います。航空運用においても、最近だとサウジアラビアで拘束されていた人たちをイエメンへ帰還させる際に、ICRCの飛行機を使いました。このような活動はICRCならではですし、人道支援で航空分野の専門性を活かせるのではないかと感じます。
ICRCで働く魅力とは何ですか?
ICRCは、他の国際機関などに比べて支援対象者に近いと私は感じています。航空運用は、医療や保護など他の部署と密接に連携するため、ICRCの南スーダンでの活動に深く関わることができるのが、魅力だと思います。
日本へはHome Leaveという制度などを使って、1年に数度帰るようにしています。ジュバ勤務の場合、基本的に8週間に1回ぐらいの頻度で休暇が取れます。南スーダンで仕事をしているというと、私生活が限られるのではないか思われるかもしれませんが、まとまった休みという形で、自由な時間も比較的多く取ることができます。
今後、ICRCで働きたいと思っている方たちに対して、何かメッセージがあればお願いします。
ICRCをはじめ、人道支援機関で働いていると、すごい清く正しい人だと思われるかもしれませんが、私たちも普通の人です。私は、航空運用という分野にいますが、人事や経理、ICTなどサポート部門なもあります。「国際関係学を勉強して保護の仕事をしたいです」というようなモチベーションもとても良いと思うのですが、他にも必要とされている仕事はたくさんあります。もっと気軽な選択肢として、「会社辞めてICRCへ転職して、南スーダン行ってきます」ぐらいの感じになればいいな、と思います。